レギュラトリーサイエンスの深化で 安心して受けられる治療へ

日本が再生医療で世界をリードしていくための構想を考える「再生医療で描く日本の未来研究会」。第3回会合が2023年10月5日に開催された。再生医療の実用化に向けた様々なハードルと、最新の知見に基づくその解決策を議論した。

生きた細胞を用いる再生医療では、製剤の製造、品質管理、品質保証などの各プロセスで人手がかかり、コスト高につながっている(写真はイメージ)

加工プロセスでのリスク管理で
安全性を担保する

今回の研究会で発表したのは、藤田医科大学橋渡し研究支援人材統合教育・育成センター教授の八代嘉美氏、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原康弘氏、再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)会長の志鷹義嗣氏の3氏。

八代氏は、「再生・細胞医療の社会実装を加速するために考えておくべき課題について」のテーマで発表した。再生医療・細胞治療のパイプラインのトレンドとしては、免疫細胞を利用したがん治療、RPR(多血小板血漿)、MSC(間葉系幹細胞)など、移植細胞が組織を再建するものよりも、治癒の補助を期待する治療が多い現状に触れた。

八代 嘉美
藤田医科大学橋渡し研究支援人材統合教育・育成センター教授

そのうえで再生・細胞治療製品の実用化の障害として、エビデンス不足と償還価格が折り合わない点の2点を挙げた。前者では、とくにMSCは投与される細胞の集団の均一性、ロット間の同等性の証明と、純度の定量化の明確な達成が困難なこと、また後者では規制・ガイドラインで工程内検査が1プロセスごとに必要で、そのための人件費によるコスト削減の限界などが課題になっている。その解決手法の1つとして、製剤開発から品質保証まで立証された科学とリスクマネジメントに基づいた体系的な開発手法であるQbD(クオリティバイデザイン)の導入を説いた。

同時に、医療の安全性・有効性を確認するための規制によって、新しい治療が患者・社会に届かない現状への危機感が研究者に生まれているとも指摘した。薬事承認こそ出口と考えてきた意識が変化しつつあるという。そのうえで、開発からのフィードバックを生かした基礎研究の質向上とエビデンス強化に基づく実用化の加速・人材育成を促す「リバーストランスレーショナルリサーチ」の重要性についても言及した。

海外からの期待に応える
日本の制度情報を国外発信

一方、藤原氏は、規制当局から見た再生医療等製品の実用化について見解を述べた。まず、再生医療等製品の国内における新規モダリティ製品は浸透しつつあるものの、海外との開発・実用化の差はどんどん広がり、ドラッグラグ・ロスが加速傾向にある現状について懸念を示した。

藤原 康弘
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長

難治性疾患・重篤疾患の克服が期待される再生医療等製品では、迅速な製品開発が期待されている。これをふまえ、PMDAが注力している活動の1つが、海外のシーズ開発者などに日本の再生医療等製品に関する薬事規制を正しく理解してもらうための積極的な発信だ。具体的には2023年7月にPMDA内のレギュラトリーサイエンス研究部門を再編するなどの体制整備を行った。また、個別の審査報告書や薬事制度について英文で情報発信している。

さらに藤原氏は、再生医療等製品の実用化に当たっては、有効性が推定され安全性が確認されれば早期に承認する「条件及び期限付き承認」制度の検討を深める重要性についても強調した。「画期性・新規性の高い製品であればあるほど市場を獲得するためにはエビデンスが重要。製品の効果量が小さい場合には、そのエビデンスとして、堅牢な比較対象の設定及びバイアスを排除するための厳格な手法を採用する必要がある」と述べた。また、「有効性推定のエビデンスレベル、すなわち制度適用の判断基準を明確にして開発予見性を高める努力も重要」と述べ、これについては厚生労働省の研究班で検討中であることにも触れた。

適時、適切なルール変更で 再生医療の普及を促進

最後に産業側から見た再生医療実用化の課題について、志鷹氏が「再生医療の普及に向けて」のテーマで発表した。再生医療の国内普及では、実際の使用にあたり、再生医療等製品特有の様々な制約があることを指摘。例えば、重症熱傷の治療において自家培養表皮の使用枚数の上限は50枚に限られている。同氏は「適時、適切なルール変更を行えば普及が促進されるのではないか」とあるべき姿について述べた。

志鷹 義嗣
再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)会長

今後のグローバル展開に向けては、国際的に通用する品質が確保された原料を供給するためにも、医療機関で採取された原料について、日本版品質マネジメント指針の策定とその浸透、国際的に通用する施設認定制度の導入などを提案した。

志鷹氏は、今後市場に出る再生医療等製品の普及に向けた課題として、有効性が示せても、生産コストが高く採算割れになる恐れや、商用化に向けた拡大生産が困難な点を挙げる。そして、各地域の規制に準拠した製品化プロセス開発と、品質確保の重要性を指摘した。規制については、生物由来原料基準が海外と日本で運用が異なることから、規制の調和・新たな基準の設定が必要であるとした。価格については、疾患を根治できるといった価値などの「特長」、上市時点では有効性・持続性などのエビデンスを十分に取得できないといった「特徴」を踏まえ、価値を反映できる独自の価格算定方式の必要性を訴えた。

これらの発表ののち、研究会は討議に移った。再生医療のスタートアップ企業が経営面で苦戦している理由について、FIRM代表理事副会長の畠賢一郎氏は「再生医療等製品の提供経験が少ないため、市場がまだ育っていない。そのため例えば、市販後調査や信頼性保証の仕組みを構築する際も、従前の医薬品や医療機器とは異なるためコスト想定が困難な場合も多く、事業としての投資回収プランを策定し難い」と話した。

日本再生医療学会 理事長の岡野栄之氏は、自由診療によるリバーストランスレーショナルリサーチをどのように進めていくか、怪しい自由診療もあり、カテゴライズを明確化もするべきと指摘。

参議院議員の古川俊治氏は再生医療の薬価算定について、「今まで通りの算定方法だけで見ていく方法は難しく、このままではドラッグラグが増えていく。そろそろ、ドラスティックに変えていく時期ではないか」と話した。