”攻めのサステナビリティ”こそ、地球と経済を両立させるカギとなる
「このままでは、豊かな食と社会を次世代に残せない」。その強い危機感を原点に、食と農の未来を構想した起業家、クオンクロップ代表の北垣卓氏。彼が提唱するのは、規制対応を中心とする“守りのサステナビリティ”ではなく、新たな価値創出を目指す“攻めのサステナビリティ”だ。創業から5年、その志の源泉と、彼が描く理想の未来を聞いた。

すべての始まりは、個人的な“危機感”
北垣氏のキャリアの原点は、高校時代に出会った京都議定書だった。「サステナブルな社会の実現に貢献する仕事を生涯の仕事にしたい」。その一心で京都大学で原子力工学を学び、エネルギー問題の最前線に身を置いた。
関心がエネルギーから食と農に向いた大きな転機は、30歳で留学したカリフォルニア大学バークレー校での体験だ。「アメリカでサステナビリティの裾野の広さを知りました。特に、食と農の分野は中小企業が多く、イノベーションが他産業より遅れている。ここに、変革の余地があると感じたのです」。
マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、食と農のプロジェクトに没頭するなか、第一子が誕生。サステナビリティへの個人的な危機感は、次世代への強い責任感へと昇華した。「豊かな食とサステナブルな社会を、この子たちの世代に必ず残す」。その決意が、クオンクロップ創業の確かな礎となった。
その志は、クオンクロップという社名にも深く刻まれている。「クロップ」は食と農を指し、「クオン」には二つの意味を込めた。一つは「久しく遠い」を意味する大和言葉の「久遠」。ヨーロッパの模倣ではない、日本の「もったいない」精神に根差したサステナビリティへの敬意だ。もう一つは、同社の核となるデータ分析技術を象徴する「クオンツ(Quants)」。日本の精神性と科学的アプローチで未来を拓く。そのぶれない理念が、社名にはっきりと示されている。
規制対応から価値創出へ“攻めのサステナビリティ”
彼のサステナビリティに向けた構想の中心にあるのは、“攻めのサステナビリティ”だ。「ヨーロッパ型の“守りのサステナビリティ”は、当局からの環境規制にどう対応するかが目的です。それでは、報告義務のない中小企業は動かないし、新しい価値も生まれません」。北垣氏は、既存のアプローチの限界を指摘する。
“攻めのサステナビリティ”とは、サステナビリティを「コスト」から「投資」へ、「義務」から「競争力」へと転換させる思想である。主力システム「Myエコものさし」は、企業のCO2排出量を報告するツールにとどまらない。商品開発やマーケティングの“武器”になりうると北垣氏は説く。「環境価値が数値で見えれば、それは開発のヒントになり、販路開拓の切り札になる。R&D予算やマーケティング予算で導入できるから、企業の規模を問わず挑戦できるのです」。
“攻めのサステナビリティ”という構想は、JAアクセラレーターでまだコンセプト段階だったにもかかわらず優秀賞を受賞したことでも証明されている。味の素やJTといった業界の巨人が彼の思想に共鳴し、海外の権威あるプログラムからも評価されている。サステナビリティを、我慢ではなく前向きな工夫で実現する。その構想こそが、国内外で高い評価を受ける大きな要因だ。
嬉野温泉で証明する「共感の経済圏」
彼の構想が机上の空論でないことは、佐賀県嬉野市の温泉旅館「和多屋別荘」と連携するリジェネラティブ(再生)ツーリズムの取り組みが雄弁に物語る。温泉旅館と地域の茶農家を繋ぎ、お茶の消費を通じた環境への貢献価値を「物語」として宿泊客に届ける取り組みを展開中だ。
「旅行という非日常の体験の中では、商品の背景にあるストーリーが付加価値になります。その中で説明力のあるデータ根拠を持つことで、生産者やお茶の提供の場となる旅館がより自信を持って商品・サービスを提案でき、消費者は納得して購入できる。サステナビリティを軸に、共感の経済圏を創り出す。これこそが我々の目指す姿です」。嬉野での展開モデルは、全国から注目を集めている。

組織成長を目指すのは、2050年への使命から。
「創業時、収益化できるかどうかは考えていませんでした。まず、この課題に向き合うこと自体が重要だったからです」。理念を最優先とするその姿勢は、創業以来一貫している。
北垣氏の視線の先には「2050年カーボンニュートラル」という、待ったなしの国家目標がある。「日本や世界の各国がこの目標を達成できるか、今がまさに瀬戸際です。我々の成長速度が、その成否の一端を担っています」。
現状、会社としての黒字化も可能。だが、彼はあえてベンチャーキャピタルと組み、成長へのアクセルを最大限に踏み込む道を選んだ。「目先の安定より、未来への責任を全うしたい」。それは、短期的な成功に安住しない、社会課題解決に向けた覚悟の表れだ。
一方で、将来の展望についてポジティブにとらえている部分もあるという。「約6割の人がサステナビリティの社会課題に関心を持ち貢献したいと考えているというデータもあります。この潜在的なエネルギーを社会の前進力に変えるのが我々の使命です」。
サステナビリティを、規制対応ではなく、前向きな工夫で実現する。サステナビリティとは、我慢ではなく、新しい価値としてとらえる。それこそが、北垣氏の構想する“攻めのサステナビリティ”だ。北垣氏は“攻めのサステナビリティ”を通して、日本及び世界の食と農、そして社会の未来を大きく変えようとしている。

- 北垣 卓(きたがき・すぐる)
- クオンクロップ 代表取締役社長
続きは無料会員登録後、ログインしてご覧いただけます。
-
記事本文残り0%