ヘッドスプリングが描く"電力変換"の未来──インドから広がる進化する構想

電池そのものではなく、電力を「変換」する技術にこそ次代を拓く可能性がある──。そう語るのは、大手電機メーカーや国内電池メーカー、IT企業など、製造とテクノロジーの両分野でキャリアを重ね、2014年にヘッドスプリング株式会社を創業した星野脩氏だ。
パワーエレクトロニクスの開発ツール提供から始まった同社は、次世代半導体を活用した変換器の開発、そしてインド市場での社会課題解決へと事業を拡大してきた。世界の40億人が未だ電気にアクセスできない現実に向き合い、日本発の技術で挑む「進化する構想」を追う。
創業に至る背景
星野氏のキャリアの起点は、大手電機メーカーでの商品企画職にあった。2000年代後半から2010年代初頭にかけての円高とグローバル競争の荒波の中、製造業全体が構造転換を迫られる時代を経験。当時担当していた海外事業の再編を機に、自ら新しい道へ踏み出す決意をした。
その後、国内の電池メーカーに転じ、リチウムイオン電池が携帯電話やノートPCに急速に普及していく最前線を経験。現地法人の立ち上げなどグローバルな事業推進に携わるなかで、電池そのものよりも「電池を製品に適合させるための電気回路や保護回路」の重要性を痛感したという。
「電池を売るためには、必ずバッテリーパックにしなければならない。そこには電気回路や保護回路が必要で、結局電気のエンジニアリングを持ったパック設計メーカーが一番強かった。電池そのものより、電気技術に価値があると実感しました」
続いてIT分野の企業でベンチャー投資や新規事業の立ち上げに携わり、多くの起業家や経営者と関わる中で、構想力と実行力の重要性を学んだ。その経験を糧に、2014年にパワーエレクトロニクスの領域に特化したヘッドスプリングを創業した。
電池ではなく「変換」に価値を見出す
創業当初から同社が注力してきたのは、電池を用いた製品の実用化を支える「電力変換器」の開発である。電力は直流と交流、電圧の高低、安全規格など、地域や用途によって条件が大きく異なる。電力変換の過程で生じる電力損失をいかに減らし、小型化と高効率化を同時に実現するかが技術の核心だ。
「パワーエレクトロニクス技術は、アナログな電力を半導体の高速スイッチングによってデジタル的に制御し、必要な電圧や周波数へと変換する技術です。機器ごとに求められる条件は異なるため、この変換プロセスは「すり合わせ」ともいえる調整の連続であり、必ず変換ロスも発生します。だからこそ、複雑な電力の要求を最適に整えるパワーエレクトロニクスは不可欠なのです。さらに、日本と海外では電圧が異なり、安全規格も国ごとに違うため、グローバルに展開する上では一層高度な対応が求められます。」
ヘッドスプリングは次世代半導体──シリコンカーバイド(SiC)やガリウムナイトライド(GaN)──を用いた変換器の開発に挑戦し、従来のシリコン半導体を超える性能を引き出してきた。結果として、変換器の小型化・軽量化が可能になり、EVや再生可能エネルギー、データセンターといった幅広い分野で応用可能な技術を蓄積するに至っている。
同社はこれまで11年間で400件以上の開発受託実績を積み重ね、パワーエレクトロニクス分野でのノウハウを蓄積。現在は大型蓄電池システム向けの変換器開発に注力している。
世界の電力格差を埋める構想
星野氏の視線は早くから海外、とりわけインドに向けられていた。ビジネススクールでの出会いをきっかけに、世界人口の約7割、40億人が安定した電力にアクセスできていない現実を知ったのである。インドの農村を訪れると、広大な国土に送電線を引くことは膨大な投資を要し、現実的ではないことが分かった。
「携帯電話が固定電話を飛び越えて普及したように、電力もマイクログリッドで分散的に供給する“電力の地産地消”ほうが現実的だと感じました」
こうして星野氏は、日本で培った技術をインドに展開し、インドで得た知見を逆に日本へ還元する"リバースイノベーション"型の事業モデルを構想するようになった。
日本とインドを結ぶ事業モデル
2025年5月にはインド・グジャラート州に現地法人「Headspring Smart Energy Pvt Ltd.」を設立し、展示会出展を通じた認知度向上や、現地スタッフによるアフターサービス体制の整備を進めている。単なる製品販売にとどまらず、「導入後も安心して使いこなせる環境」を提供することが顧客の信頼獲得につながっている。さらに同社は、製品の提供だけでなく開発サービスにも注力している。顧客のニーズに合わせた共同開発を行うことで、単なる供給者ではなく“技術パートナー”としての立場を確立し、日本の技術ならではの高いプレミアム価値を付与する戦略だ。これにより、インド市場においても「日本発の確かな技術」として選ばれる存在を目指している。
「インドでは日本製品や技術に対するプレミアム感が非常に高い。中国製が溢れている中で、日本の先端技術で本格的にインド市場に取り組んでいるところはまだ少ない」
さらに経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金」プロジェクトに採択され、ムンバイで現地大手企業と連携して大型蓄電池の実証実験を開始した。日本発の先端技術を現地に根付かせ、将来的にはインドからアフリカや東南アジアへの展開を視野に入れる。インドを起点とした社会課題解決のモデルをつくり出すことが、次の構想へとつながっている。
未来を見据えた「進化する構想」
EVの普及やAI活用の拡大によって、世界的に電力需要は急増している。太陽光発電の導入が進む一方で、出力制御による余剰電力の課題も顕在化しており、そこに欠かせないのが蓄電と変換の技術である。
「今、太陽光発電で何が問題かというと、九州などで系統に電力を戻しすぎて出力制限がかかってしまう。本来であれば余った電力を蓄電池に貯めて、他の時間に販売したいのだが、系統に適合させるための電力変換器の開発が追いついておらず、実用化された蓄電システムも限られている。」
ヘッドスプリングは、蓄電池システムに不可欠な高効率電力変換器の開発に加え、廃棄されるEV用バッテリーを二次利用したマイクログリッド構想にも取り組む。電池の種類や発電方式が変わっても必ず「電力変換」は必要になる。その普遍的な価値を基盤に、同社は持続可能なエネルギー社会の実現を目指している。
「将来的には、リクシャなどで使われる電池の廃棄が問題になる。この使用済み電池をリサイクルして、マイクログリッドの蓄電池として二次利用する。使用済みのリチウムイオン電池でも7〜8割の容量が残っているので、二次利用の価値は高い。新エネルギー製品を活用し、地域で電力を循環させ、製品も再利用する。この“循環型の電力エコシステム”を、現実社会の中に実装していく。」