製造データと臨床データの連携が優位性のカギ 再生医療、産業化への条件
日本が再生医療の研究、産業化の両面で世界をリードしていくための構想を考える「再生医療で描く日本の未来研究会」。東京・青山の事業構想大学院大学で2026年9月8日に開催された会合では、「製造・データ基盤整備」をテーマとする講演と、参加者による討論が実施された。
製造工程研究における
リスク低減技術が鍵に
9月8日の研究会ではまず、大阪大学大学院工学研究科生物工学専攻・教授の紀ノ岡正博氏が登壇。紀ノ岡氏は同研究科テクノアリーナ細胞製造コトづくり拠点の拠点長も兼任している、細胞製品の製造工程の専門家だ。再生医療等製品の製造の困難について、同氏は「基礎から臨床までの間で、必要な量の細胞を確保するために培養量を増やしますが、その際同じものを製造するために細胞を調製する作業が生じる。ここに難しさがあります」と説明した。
紀ノ岡正博 大阪大学大学院工学研究科 教授
この課題をクリアするためのキーワードが「無人製造」だ。なるべく人手を介さないことで、細胞の質を変えてしまう要素を排除する。同時に、製造情報と治療情報のデータを連結させることで、工程、品質のばらつきを減らしていくことも必須だ。これを実現する前提として、基礎研究から大量生産に至るまでの、製造工程に関する研究が欠かせない。なるべく早い段階で細胞特性、環境特性、作業特性などをふまえた「リスクリデューシングテクノロジー(リスク低減技術)」を導入する事だ。同氏は現在、この過程でAIを活用してシミュレーションの精度を高め、製造工程のデジタルツインの基盤を構築、細胞品質の予測・最適化を図るべく、研究を進めている。
データを総合的に収集
保管活用する情報基盤を提唱
続いて、一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)代表理事会長の畠賢一郎氏が講演した。再生医療において収集、管理すべきデータは多いが、中でも不可欠なのが原料、プロセス管理、製造をはじめとする「製造、品質管理に関わるデータ」と、臨床試験、実臨床、レジストリをはじめとする「臨床に関連するデータ」だ。同氏は、このようなデータを総合的に収集、保管活用する「Life Cycle Medical Data Platform」を構想。これにより、研究、開発、製造、品質から、臨床と患者アウトカムを経ての知識創出、次世代開発に至るまでの循環をつくっていく。
畠賢一郎 一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(FIRM) 代表理事会長
また、自身が相談役を務めるジャパン・ティッシュエンジニアリングにおける培養軟骨を用いた治療の追跡調査の事例から、「材料やロットの変化で何が起こるかがわかり、製造の品質管理の安定性をきちっとやれる手ごたえを感じている」ことも紹介した。ただ一方で、企業・医療機関をはじめデータを提供する側からすると、データ利活用への抵抗感は大きい。「今後、データ提供に対するインセンティブを明確化する必要があると思います」と畠氏は語った。
日本の優位性を生かし
製造・臨床データの連携を
続いての総合討論では、国立医薬品食品衛生研究所副所長で本研究会スーパーバイザーの佐藤陽治氏がファシリテーターを務め、治療効果を示せる細胞を安定的かつ大量に製造するためのしくみの構築が活発に議論された。このうち「品質再現性の確保」のテーマでは、参議院議員の古川俊治氏(2026年9月17日、デジタル大臣兼内閣府特命担当大臣に就任)が「再生医療ベンチャーは製造工程研究の段階でつまずいているケースが多い」と指摘。紀ノ岡氏が取り組んでいる製造工程のシミュレーションをその解決に活用できるのかを問いかけた。
これに対し紀ノ岡氏は「操作をロボット化すれば、細胞に対する操作速度やそれを動かした距離を正確に把握できます。細分化したそれぞれの作業工程でリスク低減技術を導入することによって、大量培養も培養量の縮小も、両方が可能になります」と述べた。また、紀ノ岡氏は、細胞の品質にばらつきが生じる原因として「外部からの力学的な刺激を受けると、細胞の核が反応し、DNAのメチル化が変わる。この力学的な刺激の強さは、細胞を培養する容器の混み具合により変わってくるのです」と説明した。ここで品質を保つためのリスク低減技術は、培養の開始時点から適正な操作を実施し、細胞が偏らないように分散させること。このような手法で、細胞の逸脱を防ぐことができるという。
医薬品では、製品の安全性や有効性を確保するため、適切な限度・範囲・分布内に収まるべき物理・化学・生物学的または微生物学的な特性や性質を「重要品質特性(CQA)」とし、要件を満たしているかが厳密にチェックされる。再生医療の開発初期段階においては、治療に用いる細胞のCQAは不確定だ。しかし、この段階から製造データと臨床アウトカムを連携させることが将来につながるとRealizeEdge Partners代表取締役社長の志鷹義嗣氏は言う。「再生医療の候補製品の第1世代がヒトで効果を示したとします。その際、それがどうやってつくられたかを示すデジタルデータが残されていると、第2世代の開発はさらに迅速に進むはずです」。
慶應義塾大学医学部整形外科学教室教授の中村雅也氏は、「それを実現するためにも、臨床と製造データが連携できるような、共通の情報基盤をつくる必要があります」と指摘した。また古川氏は「特にiPS細胞を中心として、細胞治療の開発では日本が先行しています。産みの苦しみはあるが、ここでデータをしっかりと収集・管理して製造工程開発、研究開発につなげていくことが大切です」と、日本ならではの優位性を生かすべきと主張した。
製造・臨床を一貫するデータプラットフォームは、どのように運営されるのが理想なのだろうか。討論の最後に取り上げられたのは、「製造・臨床データの統合収集システムを国内の公共財として共有するのは可能か」というテーマだ。
中村氏は日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもと、日本再生医療学会と日本整形外科学会による「OAK-HA研究」(変形性膝関節症患者を対象とした精製ヒアルロン酸ナトリウム関節内注射の有効性および安全性を評価する臨床研究)に取り組んでいる。これは、将来的な新規治療法と比較するための、ユニバーサルな「ヒストリカルコントロール群」の構築を目的としたものだ。直接的に製造・臨床データに関係したものではないものの、「アカデミアがエビデンスを出していく基盤を作れば、様々なスタートアップや企業が参加しようと集まってきます。それによりデータの質がさらに上がっていく。公共財としてプラットフォームを整備することで、より良い再生医療製品が国民に届けられるようになるはず」と手ごたえを話す。
求められるのは、企業の参加意欲を削がないよう、共有すべきデータと共有しなくてよいデータの線引きを明確にすること。また、衆議院議員の丸川珠代氏は「医薬品医療機器総合機構(PMDA)がデータを収集し、一定の統計的な処理をしたうえで公共財化するという方法も考えられるのでは」との考え方を示した。

再生医療を実用化するために欠かせない、製造プロセス確立とデータ基盤構築について活発な議論がなされた