シャーロック・ニコウ准教授のセミナー DXの知見は起業家教育に必須

フィンランドのオーボ・アカデミー大学のニコウ准教授が来日し、事業構想大学院大でセミナーを開催。DXやデジタル技術の知識・活用法が、現代のアントレプレナーに必須であることを事例で紹介した。起業家がなぜ起業するのか、という問いを中心に国際的な共同研究の機会を模索している。

シャーロック・ニコウ
オーボ・アカデミー大学 准教授

コロナ禍で止まっていた国際的な人の移動が再開され、国内外の研究者の行き来が始まった。2022年12月には、フィンランドのオーボ・アカデミー大学からシャーロック・ニコウ准教授が事業構想大学院大学を訪れ、セミナーで院生とディスカッションした。

セミナーは、表参道の事業構想大とオンラインをつなぎ開催

国ごとに違う起業へのマインド
リスクを取る人を育てる教育とは

オーボ・アカデミー大学はフィンランドの南西部の港湾都市トゥルクにある総合大学。トゥルク近郊にはムーミンワールドがあることから、日本人観光客がしばしば立ち寄る都市でもある。社会人向けの事業構想大学院大学と比べると、オーボ・アカデミー大学でニコウ氏が教えている学生は若者が多い。自身で新ビジネスを始めることに関心がある人の他、家業を継ぐために学びに来ている学生もいるという。

ニコウ氏は情報システムと経営学の専門家であり、モバイルサービスの利用や、デジタル化がビジネスモデルに与える影響などを研究してきた。オーボ・アカデミー大学では情報・知識のマネジメントや情報サービスのマネジメントなどを教えている。現在は特にアントレプレナーシップや起業意図に関心を持っている。ニコウ氏は、「情報システムとアントレプレナーシップ教育は、学びの在り方などに共通点があります」という。また起業家を増やすための方策は、デジタル化推進と同様に世界各地で解決策が求められるトピックでもある。

今回は、「DXがアントレプレナーシップに与える影響」というタイトルでセミナーを行い、事業構想大学の研究者・院生と議論した。ニコウ氏は、アントレプレナーシップの成熟度合いには国ごとに違いがあると指摘する。例えば、日本とインドネシアを比較すると、インドネシアの方がアントレプレナーシップにおいては先を行っているという。アントレプレナーシップの成熟度を測定する要素はいくつかある。一例として、労働人口のうちどれだけの割合の人が、今住んでいる場所に起業の機会を見つけられるかや、ビジネスを始めるために必要な知識を持っているか、起業に成功した場合に周囲から尊敬してもらえると思っているか、起業が望ましいキャリアの1つと思っているか、3年以内に起業したいと思っているか、などだ。

良い機会はあるのに失敗を恐れて起業しない人の割合もその1つで、日本ではこれが強い影響を与えている可能性はあるとニコウ氏はいう。こういった背景のある国では、リスクを取って挑戦できる人を増やすのが有効かもしれない。このような、起業家の起業意図に関する研究は、スタートアップへの投資促進と同じくらい社会にとっては重要だとニコウ氏は考えている。

DXの知識は起業に不可欠
起業家育成の必須科目に

デジタル化により、現代社会は大きく変化した。多くのIT企業が、社会のデジタル化と同時にビジネスを成長させている。デジタルトランスフォーメーション(DX)は働く人や職場環境にもメリットをもたらしてきた。このため、これからより良い新ビジネスをつくろうとする人は、デジタル技術の使い道やそれに必要な情報リテラシーを獲得し、既存のビジネスモデルを刷新し進化させなければならないとニコウ氏は話した。起業の目的を達成するためにも、新しい武器を活用する方法を学ぶ必要があり、起業家教育においてはデジタルスキルの要素が非常に重要になる。

その一例として、AIの活用がある。AIは日々の暮らしにも浸透を始めており、ビジネス全体を変える可能性を持っている。AIにより製品・サービスの開発プロジェクトのライフサイクルは短くなり、従来とは比較にならないほど高速化してきた。AIがつくる提案が陳腐化するのも早くなっているため、AIを使う側の、試行と意思決定の速度の高速化は必須だ。

「このような、デジタル技術に関する知識があれば、より良いアントレプレナーになれるし、創造性を発揮して優れたビジョンを構築できるでしょう」。

日本と同様、フィンランドでも、国として将来を見据えたスタートアップの増加が必要だと考えられており、起業家の育成は課題となっている。国土の大半が寒冷な気候で、天然資源も限られているフィンランドでは、特にIT分野のスタートアップへの期待が高い。ニコウ氏は「起業家を増やすためには、人々が起業に関心を持つようにすることが重要です」と述べた。

起業家を育てる教育に必要な
起業意図の基礎研究でコラボ探る

今回のニコウ氏の来日は、アントレプレナーシップ研究について日本の研究者とのコラボレーションを探ることを目的としている。ニコウ氏は、Fuzzy-set Qualitative Comparative Analysis (fsQCA、ファジィ集合質的比較分析)を適用したを研究しており、この手法を用いた研究を展開できないかと考えている。fsQCAは、少ない事例から比較分析を行い、結果につながる条件を探る手法で、社会科学分野でその応用が注目されている。

今回のセミナーを共同で開催した事業構想大学院大学の松行輝昌教授は、「起業を増やすためにも、起業家がなぜ起業するのか、その決断の意図や背景を探る研究が注目されており、そのようなテーマでの共創ができないかと考えています」と語った。