『「風の谷」という希望―残すに値する未来をつくる』

「都市集中」は人類の必然なのか。現在の潮流が続けば、近い将来、人類の大半は狭い都市部に押し込められ、長らく人々が暮らしてきた自然豊かな土地は荒れ果てていく。それは次世代に手渡すべき未来なのか。

こうした問いから始まり、著者が100名余りの仲間とともに7年以上にわたり探求してきたのは、この現実に抗うオルタナティブである。文献調査、専門家との対話、各地の視察を重ね、自然やインフラ、エネルギー、教育、食、ヘルスケアといった多領域を横断的に検討。その成果が984ページに及ぶ大著となった。

「風の谷」とは、都市を否定するものではなく、自然豊かな疎な空間に人が住み続けられる未来像を指す。人口密度50人/平方キロ以下の地域を「疎空間」と呼び、そこに人間と自然の調和を基盤とした新しい空間モデルを築こうとする試みである。従来の「田舎暮らし」や「村おこし」といった文脈とは異なり、圧倒的な空間価値と都市に匹敵する知的生産性を持つ場を創出することを目指している。

本書の第1部では、こうした問題意識と基本構想が提示される。続く第2部では、谷を築く上で避けて通れない4つの命題――エコノミクス、レジリエンス、求心力、文化・価値創造――を掘り下げる。さらに第3部では、森や流域、田園といった自然環境から、インフラ、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農に至るまで、6つの実践領域を具体的に論じる。最後の第4部では、空間デザインの原理や批判に応答する方法が語られ、構想を現実へとつなぐ道筋が示される。

「風の谷」の核心は「疎である価値」を守ることにある。人類が直面する二大課題、すなわち「地球との共存」と「人口調整局面のしのぎ方」は、都市よりも疎空間で先鋭的に表れる。災害対応やインフラ維持における脆弱さ、急速な過疎化など、課題は山積している。だが著者らは、それらを悲観的に捉えるのではなく、逆に疎空間こそが人類のレジリエンスを問い直す場であると位置づける。

実践の入口として提案されるのは、例えば「土地読み」と「緩やかなネットワーク」の形成だ。土地の記憶や特性を深く理解し、地域の古老や自然に詳しい人とともに現地を歩く。そこから見えてくる物語や生態系の関係性を可視化することが第一歩となる。さらに、その土地に関わる多様な人びとを緩やかにつなぎ、対話の場を持つことで、新しい担い手を育む。こうした積層的な営みが、数百年単位で育まれる「谷づくり」の基盤になる。

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