大人の学びと地域経済――学習が地域の循環をつくるとき
地域経済を支える「人の学び」
地域経済というと、産業振興や雇用創出、企業誘致といった政策的施策を思い浮かべるかもしれないが、地域経済の基盤をより丁寧に見つめ直すと、そこには必ず「人」の存在がある。働き手と、担い手、消費者、そして地域で生き続ける生活者としての「人」である。地域経済がこうした人々の活動の総体によって成り立っているとすれば、地域経済の持続可能性は、人が学び続けられるかで決まるといえる。
とりわけ重要なのが、「大人の学び」である。地域で働く社会人、家業を継ぐ人、定年後も地域に関わり続ける高齢者など、大人たちは人生のさまざまな局面で新たな学びを必要としている。技術や制度の変化に対応するための学びだけでなく、自分の働き方や生き方を問い直すための学びも含めて、大人の学びは地域経済の内側で静かに、しかし確実に作用している。現在の産業構造の変化、デジタル化、価値観の多様化は、若年層に限らず、働く大人に学習を強く要請している。
このことは、地域経済の文脈で特に重要である。大都市とは異なり、地域では人材の流動性が高くない分、一人ひとりの学び直しがそのまま地域全体の力に影響する。たとえば、地元企業の経営者が新しい知識や視点を学んで事業が再構築されることもあれば、商店主が顧客との関係性を学び直すことで地域に根ざした経済活動が再生することもある。ここでは、学びは個人のスキルアップにとどまらず、地域経済の質そのものを変える契機となる。
学びは地域経済の「培養液」
こうした大人の学びを支える基盤として、社会教育の果たす役割は大きい。社会教育は、資格取得や専門教育の場である以前に、地域に暮らす大人が自分の関心や課題意識に基づいて学びを始めることのできる「入口」を提供してきた。公民館や図書館、地域学習センター、学習サークルなどは、仕事や家庭と両立しながら学び続けるための現実的な学習空間である。
社会教育の場合、学びは必ずしも直接的な経済成果を目的としない。むしろ、地域の歴史や文化を学ぶ講座など、一見すると経済とは距離のある学びが多い。しかし、こうした学びを通じて育まれる、他者と協働する力、地域を俯瞰する視点、自分の経験を言語化する力は結果として地域経済を支える「基礎的能力」となっていく。
そうした大人の学びは、人の意識や関係性を変え、その変化が時間をかけて、経済活動ににじみ出てくる。たとえば、地域の学習活動を通じて知り合った人々が、やがて新しい事業やプロジェクトを立ち上げることがある。あるいは、学びの場で得た視点が、既存の仕事のやり方を見直す契機になる。
ここで重要なのは、学びが「強制されない」ことである。自発的で自由な学びだからこそ、参加者は自分なりの意味づけを行い、それを生活や仕事に持ち帰ることができる。大人の学びは、地域経済に対して即効性のある処方箋ではなく、地域に内在する可能性をゆっくりと育てる培養液のような役割を果たしているといえる。
地域経済を内側から支える「学び」
ただし、学びが「地域のため」「経済のため」と過度に目的化され、学習の自由や多様性が損なわれる危険性には注意したい。社会教育が大切にしてきたのは、学ぶ内容や動機を学習者自身が選び取ることであり、その自由こそが学びを持続させてきた。
学習の自由が保障され、結果として地域経済に新しい動きが生まれる。大人が学び続けられる地域は、人が定着し、関係性が蓄積され、試行錯誤が許容される。そのような環境こそが、短期的な成果では測れない地域経済の強さを形づくっている。
大人の学びは、地域経済を内側から支える「静かな基盤」であり、社会教育は、その基盤を支えるための公共的な装置として、経済と教育を媒介する役割も担う。大人の学びは、地域の未来を支えるもっとも確かな投資の一つなのである。