GX推進で農業を「強い産業」に、伊藤忠テクノソリューションズ

伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は新潟を拠点に「脱炭素農業によるGX推進」の新たな取り組みを開始した。プロジェクトの中心を担う藤井敬大氏は、にいがた2km新規事業創出プロジェクトの修了生だ。地域と自社の経営資源を活かした事業構想のヒントを探る。

藤井 敬大
伊藤忠テクノソリューションズ
金融NEXT企画部ビジネス企画課 主任
にいがた2km新規事業創出プロジェクト修了生

農地の温室効果ガス排出量を
測定し、データを可視化

CTCと新潟大学は農地の温室効果ガス排出量を正確に測定し、データを可視化する共同研究に産学連携で取り組む。

その際、将来的なカーボン・クレジットとしての取引を目指し、排出削減に貢献した生産者の活動実績を、データの改ざんが困難な NFT(代替不可能なデータ)に変換することにも取り組んでいく。これらの仕組みを使ったグリーントランスフォーメーション(GX)で、農業の収益を増やし「強い産業」に成長させることを目指す。

このプロジェクトを担当しているのは、CTC金融NEXT企画部ビジネス企画課主任の藤井敬大氏だ。約2年前、CTCは新潟市が立ち上げた新たなビジネス創出を促進する会員制プラットフォーム「DX(デジタルトランスフォーメーション)プラットフォーム」に会員企業として参加した。その際、藤井氏は農業をテーマに新規事業を立ち上げたいと考えたが、「CTCに入社以来ずっと営業職だったため新規事業に取り組んだことがなく、どのように事業を構想すれば良いのかすらわかりませんでした」と当時を振り返る。

このような中、藤井氏は新潟市が主催する「にいがた2km新規事業創出プロジェクト」を知り、参加を決めた。このプロジェクトは「にいがた2km」(古町・万代・新潟駅の都心エリア)の回遊性を向上させ、市の魅力向上につながる新事業創出を目指し、新潟市とジョルダン、事業構想大学院大学の連携協定に基づき発足した。約7カ月間(全20回)の大学院修士課程のカリキュラムを活かしたプログラムで、事業構想大学院大学の渡邊信彦教授が担当教員として研究員の事業構想研究を支援した。ゲスト講師の講義やグループワークでの気づきを力に、各自が事業構想計画書を完成させた。

「新潟市は私の出身地で、地元への想いがあったほか、CTCにはITを通じた社会課題の解決に向けた新たな取り組みを加速させようという機運もありましたが、具体的な事業のアイデアを持っていたわけではありません。自分はどういうテーマで何をやりたいのかということから考える必要がありました」

農業×脱炭素を
生産者の新たな収入源に

具体的な構想が描けるようになるまでには時間がかかったが、営業の仕事で農業分野を担当したことがあり、自社の強みであるデジタル技術を活かして農業に貢献したいという想いがあった。

「プロジェクト研究を通して、全く異なるものを掛け合わせることでアイデアやイノベーションが生まれることを学び、脱炭素と農業という異なる社会課題を紐づけることができました(図1)。脱炭素はあらゆる産業で必要なテーマですから、他の産業の新しいテーマとも掛け合わせて発展させられると考えました」

図1:CTCは脱炭素と農業という異なる社会課題を紐づけたテーマに取り組む

出典:伊藤忠テクノソリューションズ

農業分野は近年、堆肥や緑肥などの有機物を用いた土づくりを通じ、農地などの土壌での二酸化炭素(CO2)排出を抑える「炭素貯留」が注目されている。

その際、温室効果ガスの放出量や削減量を売買するカーボン・クレジットの仕組みを活用すれば、生産者の新たな収入源にもなり得る。しかし、これまでのところ、農業分野ではカーボン・クレジットがあまり活用されておらず、さまざまな課題があることがわかった。

「農地における温室効果ガスの排出量や削減量を証明するのは容易なことでなく、生産者がカーボン・クレジットで収入を得るには多大な労力がかかりますから、このままではなかなか普及しないのではないかと仮説を立てました」

そこで上記の課題をデジタル技術で解決する事業を構想。カーボン・クレジットの取引に必要なデータを簡易に測定する方法を確立すべく、新潟大学農学部との共同研究による実証実験を2023年6月から開始した(図2)。

図2:2023年6月から開始した実証実験の概念図

出典:伊藤忠テクノソリューションズ

併せて、排出削減に貢献した生産者の活動実績のNFT化についても検証を行う。将来的には生産者による排出削減の活動実績を証明するとともに、排出削減量に関する予測や分析も可能にすることを目指す。

「色々な個人や企業、自治体に生産者を支援していただくためには、ステークホルダーに信頼性の高い情報を開示する必要があり、NFT化などの取り組みが重要になると考えています」

脱炭素への取り組みでは
消費者の行動変容も重要に

実証実験を開始後、当初の事業構想に欠けていた部分も見えてきたという。

「生産者ばかりを見ていて、消費者が置き去りになっていたかもしれません。そもそも生産者はCO2を農地に貯留したいわけではなく、自分が熱意を持って育てた作物を消費者においしく食べてもらいたいはずです。その上で、できれば育てた作物の価値が認められ、高い価格で買って消費者に買ってもらえることが重要だと考えました」

農業分野の脱炭素推進には生産者の努力だけでなく、消費者にも関心を持って行動を起こしてもらうことが大切だと気付いた藤井氏は、新潟大学と消費者の行動変容に向けた新たな実証実験を計画している。

また、現在は東京工科大学との共同研究プロジェクトを活用し、消費者の参加を促す実証実験も行っている。使用するのはスマートフォンの未使用の時間を活用して分析に利用する、グリッドコンピューティングの基盤だ。これに参加した消費者にはポイントを還元し、排出削減の予測分析や排出削減に貢献した生産者の支援を促している。

プロジェクトでの事業構想研究を振り返り、藤井氏は「自分自身で答えを出すことを、徹底して教えられました。苦しかったですが、今、振り返ると良い経験でした」という。教員からは自分1人での学習では見つけられないような速さで、新規事業のヒントとなるユースケースをたくさん教えられた。また、新規事業の創出に向けて頭を悩ます異業種の他の研究員たちとの会話にも、色々な気づきやヒントがあった。

「カリキュラムは半年間で、当初は本業に取り組みながらやり切れるのかという不安もありました。しかし、今はチャレンジして良かったと思います。他の方々もためらっているなら、ぜひ挑戦してみて欲しいです」