再生医療の産業化に欠かせないもの 医工連携と知財化

事業構想大学院大学は2023年7月から、日本の再生医療のあり方を検討する研究会を開催し、再生医療の産業化に向けた研究成果を発信していく。研究会に先立ち、日本再生医療学会理事長である慶應義塾大学医学部教授の岡野栄之氏に再生医療の産業化における課題について聞いた。

岡野 栄之(慶應義塾大学医学部 教授)

日本の再生医療の現状と課題

神経系の発生の研究に取り組んできた岡野氏。ショウジョウバエで神経幹細胞に発現する遺伝子を発見し、続いてヒトの脳にも神経幹細胞があることを世界で初めて見出した。その後、神経幹細胞を生かした脊髄損傷の治療をはじめとする再生医療の基礎研究に取り組むようになる。岡野氏は「再生とは発生をやり直すこと。神経幹細胞、すなわち神経を作るもとの細胞を脊髄に移植することで一度損傷してしまった組織が修復され、機能的にも再生することを狙います」とそのプロセスを説明する。

神経幹細胞の研究を続ける中で、京都大学の山中伸弥教授(現京都大学iPS細胞研究所名誉所長)が2006年に開発したiPS細胞の可能性に着目。2021年12月には、iPS細胞から作った細胞を脊髄損傷の患者に移植する世界初の手術を実施している。

日本における再生医療の第一線で活躍してきた岡野氏は、国内の再生医療研究の現状について「再生医療には体性幹細胞を使う方法と、多能性幹細胞を使う方法がありますが、iPS細胞をはじめ難易度の高い後者の基礎研究においては日本が世界を一歩リードしています」と評価する。

だが、実用化のステージになると課題は山積している。1つが規制の問題だ。「厚生労働省は、条件付きで新薬の早期承認を認めています。それでも、新しい治療に対する薬事承認のハードルは高いのが現状です。安全性と有効性推定の兼ね合いをどう考えるのかがまだ不透明であることから、早期に社会実装し、実用化したいと考えている事業者にとっては不安要素になっています」と述べる。

また、実用化したとしても治療用細胞を製造するためのインフラが不足している点についても課題と見ている。「再生医療分野のベンチャーは増えてきていますが、大量生産に必要な医薬品受託製造機関(CDMO)が不足しています。基礎研究の領域でどれだけ進んでいたとしても、その出口となる実用化のためのインフラが整備されなければ、再生医療は成長産業になりえません」と危機感をあらわにする。

脳と骨格筋の情報のやり取りを担う伝達経路が脊髄だ。交通事故などで脊髄が損傷されると、手足のまひや排泄が自力でできなくなるなどの重篤な後遺症が残る場合がある。患者や家族からの再生医療に対する期待は大きい

民間企業の参入と
人材の育成が不可欠

さらに、実用化に当たって必要となるのは資金と人材だ。2015年には、国が定める「医療分野研究開発推進計画」に基づき、再生医療をはじめ9つの医療分野において基礎から臨床までの研究開発を一貫して推進し、その成果を円滑に実用化につなげる目的で日本医療開発研究機構(AMED)が発足した。

「AMEDが果たした役割は大きく、ファースト・イン・ヒューマン(動物試験で安全性と有効性が確認された後、ヒトに初めて投与する段階の治験)に国の資金がつくようになり、橋渡し研究が進みました。ただ、そこから実用化に導いていくステージはさらに多額の資金が必要で、そこは民間が担っていかないといけないと思っています」。

人材については、岡野氏が理事長を務める日本再生医療学会が認定する臨床培養士の専門資格を設けるなど人材の育成に努めているが、まだ十分とはいいがたい。「臨床培養士の資格者を養成する専門学校ができれば裾野が広がっていく可能性があります」と期待を寄せる。

システムが知財として
認められる法整備を

再生医療の基礎研究を治療として実用化していくには、細胞を3次元構造にしたり、デバイスと組み合わせたりするなど、再生を促し治療効果を出すためのシステムづくりをしていくことが求められる。ただ、ここでも課題が立ちはだかる。

「まず、日本はシステム化していくことが苦手です。モデルナが新型コロナウイルスのワクチンを開発した時にも多様なプレーヤーが連携して迅速に商品化しましたが、そのような風土が日本にはありません。医工連携・産学連携といった人材交流を進めることが重要で、数学や生物学、工学などまたがった領域に精通した研究者が全体を俯瞰し、目利きを行いながらリーダーシップをとって専門領域の研究者を引っ張っていく環境を整えていくべき」とも述べる。また、再生医療を産業として成長させるには知財化が欠かせないが、現状では治療方法やシステムという概念では知財として認められない。岡野氏は、再生医療を取り巻く知財に関する法整備も欠かせないと考えている。

iPS細胞の研究では日本が世界を先導するだけに、再生医療領域では日本から世界を席巻するプロダクトが生まれることが期待される。「そうしたプロダクトを設計するためには、どれだけユーザーフレンドリーになるか、どれだけ社会に役に立つかを考えることがカギを握ります。そのためには薬価の設定も重要で、世界の市場で戦っていくための最適な価格があります。ところが厚労省では薬価を決めるのは医政局経済課で、実際に薬を承認するのは医薬品医療機器総合機構(PMDA)と別々の組織が判断しています。全体を俯瞰して戦略を考えていく方向へと変わっていってほしい」と指摘する。

7月に事業構想大学院大学に発足した日本の再生医療のあり方を検討する研究会で、岡野氏は常任委員を務める。この研究会については「国はこれまでも再生医療に関する委員会を組織し、議論する場を設け、提言をまとめることまではするものの、それきりで終わってしまうことが多かった。事業構想大の研究会は、提言をまとめて終わりではなくサステナブルな活動をしてほしい」と期待を述べた。

 

岡野 栄之(おかの・ひでゆき)
慶應義塾大学医学部 教授