時事テーマから斬る自治体経営 「子育て環境づくり」の注意点

どこの自治体も取り組んでいることの一つに「子育て環境づくり」があるが、施策を考える際は視点をどこに置き、何に注意すべきなのか。また、子育て環境づくりを、移住を増やすための一手段と捉えている自治体も多いが、それは本当に効果的なのだろうか。前提条件から考え直すことも時には必要だ。

今回はマクロの観点から「子育て環境づくり」の注意点を言及する。保育や教育などミクロの視点からの考察は、本連載の別の機会に言及したい。

「子育て環境づくり」の論点

しばしば「地方自治体が子育て環境づくりを進めることは良いことだ」と言われる。この発言には、実は多くのつっこみができる。問題提起の意味を込めて(批判を覚悟の上で)、いくつか検討する。

第1に、「誰に」とって良いことなのかが不明確である。確かに、子育て環境のサービスを受益する住民にとっては「良い」ことだろう。しかし、サービス受給の対象外にとっては良いことなのだろうか。

特にDINKS(「Double Income(共働き)であり、No Kids(子どもを持たない)」と決めた夫婦)にとって良いことのかが議論である。税金は納めるが行政サービスの提供はほとんどない(こういう議論をすると、「だから社会全体で子育てが進まない」とお叱りを受ける)。子育て環境づくりは、すべての住民に対してメリットがあるのだろうか(もちろんすべての住民が納得する行政サービスはないことは理解している)。

第2に、子育て環境づくりを進めることは「自治体の税収効果に貢献するからすべきだ」とも言われる。筆者はすべての自治体を調べたわけではないが、手持ちの資料を分析すると、子育て世帯の多くは担税力が低いことが多い。一方で、子育てサービスに係る費用は大きいものがある。その結果、費用対効果で考えると、決して良い数字ではない(こういう議論をすると、「子育てを費用対効果で測るのか」と注意をいただく)。

しかも、多くの住民は都合のよい行動をとる。子育て期が終わると、他自治体に引っ越す傾向が観察できる。例え費用対効果が悪くても、長期間居住してもらうことにより、投下した行政サービス費を回収しようと考えているのだろう。しかし、回収する前に当該者がいないことがある(これを防ぐ一手段が該当者に住宅を購入してもらうことである。住宅購入は住宅ローンを抱えることになるため、安易に転出できなくなる)。

第3に、多くの自治体が「子育て環境づくり」を進めるにあたり、選択するのは行政サービスの量的拡大である。例えば「医療費は何歳まで無料」というのは、典型的な量的拡大である。量的拡大の勝負で勝ち残れるのは、財政的に余裕のある自治体だけである。しかし、現実的には、財政が悪い自治体をはじめ、多くが子育てサービスの量的拡大に取り組んでいる。ある意味、チキンレース化している状態である。自治体の財政はますますひっ迫していくだろう(この量的拡大に走る自治体の思考に大きな問題がある)。

そのほか、いくつか論点はあるが、今回は3点に絞り言及した。だから筆者は「子育て環境づくりはしないほうがいい」と言いたいのではない。実施する、実施しないは、各自治体が決定すればよいと考える。安易に「子育て環境づくりが良い」という風潮に流されるのではなく、既存のデータを収集・分析して、冷静に判断する必要がある、ということを伝えたい。

住民増加の4視点

地方自治体が「子育て環境づくり」を進める一つの理由には、住民の増加がある。住民は子育て世帯だけではない。図表1は「移住・定住の主体別に捉えた4類型」である。子育て世帯は、図表1の右下にあるⅡ型が中心となる。

Ⅱ型はレッドオーシャンである。レッドオーシャンとは、血で血を洗う「真っ赤な海」の状態を意味している。そこから、競争の激しい市場を指す。レッドオーシャンの中を生き残っていくキーワードは、戦略性やブランド化などである。しかし、多くの自治体は戦略性がなく、ブランド化に取り組むノウハウもない。その結果、行政サービスの量的拡大に走ることになる。量的拡大は自治体衰退、自治体消滅の第一歩と認識すべきだろう。

筆者が疑問に思うのは、なぜ多くの自治体は、わざわざ子育て環境づくりに取り組み、レッドオーシャンに突入するのか……である(ある意味「飛んで火に入る夏の虫」状態である)。別の道を選択してもいいと思うのに、条件反射のようにⅡ型に突進していく。とても不思議である。

ちなみに図表1のⅠ型は地域起こし協力隊などが当てはまるだろう。Ⅳ型はCCRC構想が該当する。CCRC(Continuing Care Retirement Community)は、都市部の高齢者が地方に移住・定住し、地域社会において生活を送るという内容である。国は「生涯活躍のまち」として推進している。

図表1 移住・定住の主体別に捉えた4類型

 

Ⅲ型に取り組む自治体はほとんどない。Ⅲ型はブルーオーシャン状態である。競争相手のいない未開拓の市場を意味する。筆者は、しばしばⅢ型を勧めているが、多くの自治体が嫌な顔をする。しかしⅢ型にこそ、自治体が住民(人口)を維持する秘められた視点があると思っている。

参考までに、図表2は「ライフスタイル別に捉えた4類型」である。縦軸に都市圏と地方圏の往来の有無を置き、横軸に現役か退職かを用意している。これらの観点も踏まえつつ、総合的に「子育て環境づくり」の必要性などを検討すべきだろう。

図表2 ライフスタイル別に捉えた4類型

 

子育て環境づくりの費用

最後は情報提供である。子育て環境づくりには、一定の(かなり)の財源を必要とする。以前、千代田区は「千代田区子育て施策の財源の確保に関する条例」があった。千代田区条例は2010年4月から施行し、2015年3月に失効した時限条例である。

同条例は、区民税1%を子育て環境づくりのための事業に充てていくという内容であった。子育て関連の財源を増やしていった結果、子育て予算の一人あたりの予算額は全国でもトップクラスとなった。千代田区のような思い切ったことをしないと、子育て環境づくりは大きな成果が出ないと考える。

 

牧瀬 稔(まきせ・みのる)
関東学院大学 法学部地域創生学科 准教授 / 社会情報大学院大学 特任教授

 

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