パプリカの栽培技術を磨き、日本でメジャーな野菜にする

果実のようなみずみずしさと甘さ、美しい色合いで人気が高い、中條農園のパプリカ。生産者の中條綾子氏は、2005年に専業主婦から農業起業家へ転身。当時ほぼ栽培されていなかった国産パプリカの栽培を成功させ、現在は国内でより親しまれる野菜にすることを目指し、栽培技術を磨いている。

中條 綾子(中條農園 代表)

16年前、ほぼ栽培されて
いなかったパプリカに挑戦

千葉県成田市の専業農家に、三姉妹の三女として生まれた中條綾子氏。幼い頃から農業を手伝い、漠然と「将来は農業を継ぎたい」と考えていたが、実家を継ぐことはできず、「いつか農業をやりたい」という気持ちを持ち続けていたという。

結婚を機に移住した夫の実家がある群馬県沼田市で「パプリカ部会」が立ち上がり、仲間に入れてもらったのが、パプリカとの出会いだった。

「私が中條農園を立ち上げたのは2005年です。当時、パプリカは国内でメジャーな野菜ではなく、国産パプリカもほぼ栽培されていませんでした。私自身は、農業ができれば栽培するものは何でもいいと思っていました。しかし、もともと新しいことに対し躊躇する性格ではなかったので、『誰もやっていないパプリカが面白そう』と、全く知識のない状態でスタートしました」

農家としてのスタートにあたり、最も苦労したのは農地の確保だった。農業委員会には「農家でなければ農地は貸せない」と言われたが、農業をしなければ農家にはなれないという堂々巡り。「パプリカ部会」で使っていないハウスを紹介され、そこを借りることになった。45mのハウス4棟、10アールの土地でスタートを切った。

「10アールの土地で野菜を1人で作るのは、そんなに楽なことではありません。しかし、沼田の大農村地域でのハウス10アールは大した規模ではなく、地元農家の方には『奥さまのいいご趣味』と言われ、悔しい思いをしたこともあります」

さらに、女性が表に出ることはまずない、田舎の農村地帯。農家の妻は銀行口座や通帳すら持っていないこともある中で、起業当時、女性の農業経営者はほぼ認知されないような状態だったという。

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