新興ブランドのテントが躍進 硬直化するアウトドア市場に一石

2019年に発売した第一弾テントは、初回ロットがまたたく間に完売。一部の企業だけで成り立ってきたアウトドア用品市場に突如現れた新興企業、ゼインアーツが注目を集めている。大手アウトドアメーカーを経て起業した小杉敬社長は、「マーケットを健全化したい」と意気込む。

小杉 敬(ゼインアーツ 代表取締役社長)

松本市に誕生した
アウトドアの新興ブランド

北アルプスの玄関口である長野県松本市に2018年8月、業界の常識を覆すアウトドアブランド「ZANE ARTS(ゼインアーツ)」が誕生した。創業者の小杉敬社長は、30年近くにわたって大手アウトドアメーカーで製品開発に携わってきたキャリアを持つ。

ゼインアーツの第1弾となる製品が発売されたのは2019年4月。そのうちの1つ「ゼクーM」は、メインのポールは1本のみで簡単に設営できるシンプルな設計ながら、広々とした居住空間が魅力のシェルター型テントだ。その他も含め4種のテントはいずれも機能的かつ洗練された美しいデザインが魅力だ。

2~4人用コンパクト2ルームテント「ロガ4」(左)と、専用インナーテントを付けたミドルサイズシェルター「ゼクーM」(右)。ゼインアーツのテントは、手ごろな価格と高い機能性、美しいデザインを誇る

初回ロットはまたたく間に完売し、5ヵ月後の第2ロットについても、予想を上回る予約が殺到したという。今年7月には第2弾のラインナップとして、ユーザーから要望の多かったインナーテントなど、3種類の新製品を投入した。

前職の大手メーカー時代の拠点は新潟だったが、起業にあたって小杉社長が選んだのは長野県松本市。学生時代から、登山をはじめとしたアウトドアに親しんできた小杉社長にとって、松本はなじみ深い街だった。

「登山好きにとって、北アルプスはいわば『聖地』です。その玄関口にあたる松本には以前からよく通っていました。製品テストや撮影をするにはフィールドが近いほうが便利ですし、物流面でも松本は地の利がいい。また、仕事だけでなく、生活する上でも暮らしやすい場所です。そう考えると、起業するなら松本で、と自然に決まりましたね」

マーケットの健全化を目指す

小杉社長が大手を退職してまで起業に踏み切った背景には、業界の硬直化を何とかしたいという思いがあった。

「アウトドア用品業界は30年近く、限られた企業だけで市場が成り立ってきました。そのため、メーカー側の論理が優先され、高価格帯の製品ばかりが提供される一方で、低品質・低価格の製品群も増えて二極化が進んでいました。せっかくアウトドア人口は増えているのに、市場のバランスが悪くなっていたんです」

小杉社長が目指しているのは、一番のボリュームゾーンであるミドルレンジの価格帯でユーザーの選択肢を増やし、マーケットを健全化することだ。ゼインアーツの製品で最も低価格なのは、2人用「ギギ インナーテント」の1万3800円。最も高いものでも、4人が快適に過ごせるサイズのシェルター「ゼクーM」が7万6800円だ。

「近頃は10万円、20万円のテントも珍しくありません。大勢の社員を抱える大手メーカーは、人件費などの固定費を価格に転嫁せざるを得ないため、どうしても高価格帯になってしまいます。その点、ゼインアーツは少人数ですから余分な経費がかからず、価格を抑えることができます」

とはいえ、小杉社長が一番大事にしているのは決して「安さ」ではなく、あくまで「適正な価格」。アウトドア愛好家が買いやすい価格で、良質な製品を提供するのが企業の使命だと考えている。

「バランスが何よりも大事です。価格を抑えながら、機能性やデザインには妥協せず、自然の中にあっても美しいものをつくりたい。長年この業界にいて数多くの製品に触れてきた私には、ミドルレンジの製品に求められるものが見えていました。みんなが欲しいのはこうだよね、と。それを形にしただけなんです。また、最近のアウトドア用品に対して私と同じような問題意識を抱いていた販売店さんやディーラーさんもいて、取扱店を開拓することができました」

製品開発のスケッチや模型。小杉社長は、ユーザーから求められている製品が「見えている」と語る

アウトドア業界では、大手メーカーとは異なる潮流として、超軽量化を志向するウルトラライト(UL)系のユニークなガレージブランドも生まれている。だが、小杉社長はあくまで「量産メーカー」としての立場にこだわる。

「UL系も個人的には大好きですが、私はより多くの人たちに貢献したいという気持ちが強い。ニッチを狙うのではなく、多くの人が『こうあってほしい』と感じるものを提供するのが私の役割だと考えています」

アウトドアを
一時的なブームで終わらせない

若い頃からユーザーとしてアウトドアに親しみ、キャリアとしてもアウトドア業界一筋できた小杉社長の頭の中には、形にしたいアイデアがまだまだたくさん眠っている。今後は、そのアイデアをもとに製品ラインナップを充実させる一方、海外展開も進めていく考えだ。

ゼインアーツは夫婦2人の会社として始まったが、組織体制を充実させるべく、2019年に2名、間もなくもう1名の新たなスタッフを迎える予定だ。

「手ごろな価格で高品質を、という事業モデルは実現できることを示せた」と自負する小杉社長は、「ゼインアーツに続く新たなブランドがもっと生まれてほしい」と語る。新規参入が増えれば、既存の大手メーカーの刺激にもなり、業界全体の活性化につながると考えているからだ。

その思いの裏には、今後への危機感がある。コロナ禍でも楽しめるレジャーとしてアウトドアが注目されているが、コロナが収束したとしても、市場の大きな流れが現状のままでは、多くの人がアウトドアから離れてしまうのではないかと懸念している。

「このままでは、コロナ後にアウトドア業界が冷え込んでしまうことだってあり得ます。そうならないためにも、メーカー同士、あるいは販売店も巻き込んで、一緒に盛り上げていければと考えています」

 

小杉 敬(こすぎ・けい)
ゼインアーツ 代表取締役社長