顧客と顔の見える関係で 「美」の理想とヘルスケアを同時実現

国の人口減少と先端技術の発展で、大規模な再編が避けられないビューティー業界。顧客に寄り添い「美を叶える」ことで、引いては人びとの健康増進にも寄与する。〈顔の見える関係性〉を重視した新事業の先に、見据える未来とは何か。

平澤 伸浩(ひらさわ・のぶひろ)ロート製薬 事業戦略室 室長 アノマリー 代表取締役 事業構想研究所 プロジェクト研究 修了生

顧客に寄り添い「美を叶える」

前職では化粧品・ビューティー業界に籍を置いていた平澤氏。事業構想大学院大学・事業構想研究所の「予防医療・ヘルスケア事業構想プロジェクト研究」に参加した経緯とは何か。「私が属している事業戦略室は、戦略の策定よりも、新規事業の開拓を専門としています。事業構想大学院大学で提供される教育・研究プログラムと私の仕事とは親和性が高く、その存在は個人的に以前から知っていました。最終的に研究会への参加を決めたのは、会長の薦めを受けたのがきっかけです」。

平澤氏の手掛ける新事業とは「ヘアサロンでユーザーとスタイリストが一緒に創るパーソナライズド・ヘアケア」である。「研究会へ参加し、原型のアイデアをどう編み直すかを議論し、最終的に、美容にフィーチャーしつつ、外延にヘルスケアを盛り込むことでまとまりました」。

1年間、有識者の講義を聴き、教育や他企業から参加する研究員と議論を交わすなかで、自身の知見の幅が大きく拡がったという。「第一に、他の研究員との議論で構想の成熟度を高められました。私の構想の場合は『気が付いたら結果として健康になっていた』という建て付けにするのが最も訴求力が強いと想定しました」。事業に即して言い換えれば、「美しくなりたい、と思って使っていたら肌や髪にもよく体内環境(健康)も改善していた」ということになる。「第二に、専門的な見地からのフィードバックを得られました。研究員の3分の1はメディカルドクターであり、健康維持の観点から的確な指摘を受けられました。これらをリアルタイムで新事業に反映できた点も、類を見ない特徴でした」。

背景には、対象とするビューティー業界市場の状況がある。「理美容業界は総額2.1兆円、美容のみで1.6兆円を占める市場ですが、大手企業の寡占はなく、個人事業主の大規模な集合体から成っています。チェーン系の事業者は存在しますが、事業主は独立してサロンを構えることが多く、その取引の多くは顔の見える人脈から形成されています。かつては美容学校を出てから下積みを経て昇進し、スタイリストになるのが通例でしたが、最近では学校卒業からスタイリストになるまでの年数が短い場合が少なくありません。日本の人口が減少するもと、ヘアサロンは少ない顧客をめぐって競争を迫られます。生き残るには、サービスの質を高め、それに応じた対価を払っていただけるお客様とのお付き合いをできるだけ長く続けていくことが求められているのです」。

データの緻密サービス提供

平澤氏が代表を務める株式会社アノマリーでは、ヘアケア製品のシャンプー・トリートメントCONSTELLAの販売を行う。しかし事業の要はそれに留まらないと語る。「数千に及ぶ製品パターンオーダーメイドで販売するに際し、お客様一人ひとりに丁寧なカウンセリングを実施します。ここから得られる、お客様個々人の嗜好情報、施術やカウンセリングの履歴、またそれに対するお客様の評価が要なのです。その蓄積と利活用には情報通信技術(ICT)の力が不可欠ですが、ロート製薬では、AIベンチャーであるインジェンタ社とのパートナーシップによる合弁子会社という形態をとりました」。

CONSTELLAの製品イメージ

CONSTELLAのコンセプトは「プロと巡る美しい旅」。香りも旅先で出会う風景をイメージしている。「お客様が信頼するスタイリスト(ガイド)と共に、ご自身の叶えたい美を創りあげていく対話の過程を『旅(ジャーニー)』になぞらえているからです」(平澤氏)。

一般的にパーソナライズド・ビジネスは高コスト体質になりやすく、商材が多品種に亘れば、その維持コストも膨大だ。「オーダーメイドが事業として持続するポイントは、在庫を極力抱えないことです。基調となるシャンプーとトリートメントの製造までは当社で提供しますが、在庫の種類を抑えるため、有効成分が入ったブースターをシャンプーとトリートメントに調合する最終プロセスは、それを選んだお客様自身に行っていただきます。パーソナライズの調合プロセスに透明性を持たせられますし、またお客様に敢えて手間暇をかけて自分に合うものを創っていただくことを楽しんでいただこうと考えました」。現代のマスマーケティングは、値引やカジュアル化など、モノを買ってもらう心理的ハードルを下げようとする傾向が強い。「当社の事業では対人的な関係性を重視し、質を上げることに注力します」(平澤氏)。ここで言う「質」とは、カウンセリング力の向上だという。問診で得た顧客情報は、オブニ(OVNI)というデータエンジンに蓄積される。これを定期的に実施し、顧客の体調や、施術後の毛髪状態の経過を診断しつつ、その時々に応じた適切な施術を提供する。この〈問診―診断―処方箋〉というサイクルの繰り返しが、サービスの質を高める。

カウンセリングは、一面でリテンション(引き留め)としても機能する。「そこまでの費用と手間を掛けたいとは思わず、『一度使ってみて合わなければ、要らない』と、継続をやめるお客様もいらっしゃいます。他方で、じっくりと相談を重ねながら、自身の望むスタイルを叶えたいお客様もいらっしゃいます。私たちは、頭皮や毛髪に悩めるお客様に寄り添い、お一人お一人に合った最適なサービスを提供したいと考えています」。

とは言え、高品質な製品・サービスの提供・導入に積極的なサロンオーナーは必ずしも多くないのが実情だ。平澤氏は今後、美意識・健康意識の高い一般ユーザーに訴求して、顧客側からヘアサロンを取り込んでいく戦略を構想している。「いわばB2B2CからD2C2Bを目指したいと考えています。お客様がスマートフォンに専用のアプリをダウンロードして自分の頭皮や頭髪についての自己診断を行うとQRコードが発行されます。そのコードを行きつけのサロンのスタイリストに読んでもらいカウンセリングを受けることで、お客様はサロン専売品であるCONSTELLAを購入できるだけでなく、ヘアサロンは手数料に還元可能なポイントを得ることができます。これが各店舗への導入インセンティブとなることを見込んでいます」。

今後はどのようなイシューに取り組んでいくのか。「頭皮・毛髪トラブルに悩む女性は、男性と同数にのぼると言われます。ところが専用の育毛剤は販売しておらず、AGA(男性型脱毛症)に対応した皮膚科医にも通いづらいため、悩むだけというのが実情です。気の置けないヘアサロンの場で、ビューティー業界の特徴である『関係性』を核に、事業者・顧客の双方でその横展開を図っていきたいです」。