走って楽しむ農漁村の風景 ランナーズ・ヴィレッジの観光地域づくり

人口減少による事業の担い手不足が顕著な山口市南部の秋穂地域。打開策として取り組んでいるのが、豊かな自然環境や民泊など、地域独自の資源を活かした観光地域づくりだ。のどかな農山漁村が、様々な地域関係者を巻き込んだ新規事業創出と人材育成の場となっている。

秋穂地域は漁村と農村の二つの顔を持ち、山ではトレッキングやトレイルラン、海ではSUPやカヤックなど、様々なコンテンツの展開が可能だ。

何気ない漁村風景を、
ランナーの訪れる観光地へ

山口県山口市は、大内文化や幕末の歴史に出会える街として、「国宝 瑠璃光寺五重塔」や、「湯田温泉」などの豊かな観光資源を持つ地域だ。

その中で、南部に位置する秋穂(あいお)地域は、新幹線駅および空港からそれぞれ車で30分の立地に位置しており、麦畑が広がるのどかな農山であると同時に、山口市で唯一海に面した地域でもある。その海ではクルマエビ養殖の発祥の地というブランドを活かして「あいおえび狩り世界選手権大会」を毎年実施しており、大会の応募者は5万人、参加者は1600人を超える年に一度の大イベントだ。

しかし、通年を通しての誘客はできておらず、地域住民に観光地という認識もない。人口減少による事業の担い手確保が厳しくなる中、山口市南部地域は、2018年9月、山口観光コンベンション協会および秋穂地域が共同して、農林水産省の農山漁村振興交付金を活用し、「ランナーズ・ヴィレッジTM」を提唱する事業構想大学院大学をパートナーにして観光に関する新規事業開発と人材育成のプロジェクトを開始した。

構想と地域の合意形成、
並行して実施

まずプロジェクトで着手しようとしたことは、観光資源の棚卸しと、観光地域としての構想の策定だ。しかし、策定をする前に聞こえてきたのは、「うちの地域には何もない」、「事業を牽引する人員をどう確保するのか」という声だった。

そこで秋穂地域では、地域住民に対して事前に構想の説明会を行い、まずは具体的な「協力要請」ではなく、地域内での「認知拡大」を図った。同時並行して中核となる地域住民のメンバーでは、地域内新規事業を立ち上げるための専門的研修を受講。さらに専門人材を地域に迎えての月一回のワークショップを行い、ランナーが訪れたくなる地域コンテンツの棚卸し、磨き上げを実施。1泊2日、2泊3日のツアーコンテンツをターゲット別に作った。

続いて実際にモニターツアーをする段階では、受け入れホストを探すための住民向け説明会を実施。民泊新法や最新のインバウンド事情などを約30名に丁寧に説明した結果、2件のホストの新規協力を得ることに成功した。ホストのフォローは民泊の専門家が遠隔でやり取りするほか、地域ではAirbnbホストでもある観光協会職員が、ツアーに同行しながらフォローを徹底する。このきめ細かいフォローによって新たなホストの増加につながっている。

1泊2日のツアー内容。個人客であれば民泊で、団体客は旅館で受け入れる。Airbnbのホストも、少しずつだが独自性のある宿泊先が確実に増えてきている。

地域のこだわりではなく、
顧客視点での商品開発

新規事業に取り組む際、最も重要なことは、生の声を拾いながら実際に売れる商品を開発することだ。プロジェクトでは、SNS上でランナーの投稿内容の研究、インフルエンサーを地域に招聘してのヒアリング、さらに都内で100名の一般ランナーを前にツアープランをプレゼンし感触を聞くなどして、実践的なマーケティングを行った。

その結果、当初のコンセプトであった、「お遍路の文化を活かしたランニングコース」から、ランナーに訴求しつつ地域独自のアクティビティを提供する、「空と海と山を感じるたびプラン」に軌道修正した。海沿いの古民家をリノベーションして、昼はテラスからそのままSUPで海に繰り出し、夜は道の駅の食材でBBQを楽しむ宿泊プランや、潮が引くと渡れる島の神社などをランコースに設計するなど、その地域で潜在的に眠っていた資源を新たな価値としてコンテンツにしている。

今後はさらに「山」の魅力を引き出すため、地域にある2つの山をトレイルランやトレッキングのコースとして磨き上げ、トレイルランナーやトレッキング愛好者にも訴求していく方針だ。

プロジェクトを生み出す仕組み、
継続する仕掛けとは

地域での新たな取組は、強い意志と行動力を持つ人間(事業者)のコミットメントが必要だとされている。実際に現在の先進事例と言われる観光地ではそのパターンが多いだろう。しかし今後、全国で着地型観光を同時多発的に生み出すためには、その地域の潜在価値に気づいてもらい、そこで根付いて活動をする人材の発掘、育成が最も重要である。

そのために必要なこととして、3つ必要なことがある。1つ目は、様々なステークホルダーの流入を促す場としてのプロジェクトの立ち上げ、2つ目はプロジェクトをバックアップする産官学の連携、そして3つ目はあらたな領域に挑戦するためのイニシャルコストの確保である。

秋穂地域では、プロジェクトと地域協議会を立ち上げたうえで交付金を活用したが、建物の建設や物品購入などのハード事業ではなく、地域の将来構想を描くことやマーケティング・プロモーションなどでPDCAを回せるソフト事業に取り組んだ。農林水産省の農泊推進事業はこの点において非常に相性のいい交付金と言える。

その結果生まれたのが、地域内外の様々な人材の連携を生み出すコミュニティだ。秋穂で定期的に実施するワークショップでは、地域おこし協力隊、Airbnbホスト、市議会議員、道の駅職員、ランナー、サイクリストなど、人が人を呼んで多彩なコミュニティが出来上がっている。また秋穂地域と同じく全国各地でランナーズ・ヴィレッジTMを構想中の地域も、定期的に集まって情報や課題の共有をしており、アイデアの磨き上げに寄与している。

今後、観光地域づくりや磨き上げを考えている地域においては、ぜひこうした事例を参考に、検討してはいかがだろうか。

 

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