壱岐島・アートフェス構想 現代アートで新たな観光資源を創出

プロジェクトチーム(PT)は、昨年以来の度重なるミーティングや壱岐島及びタイにおけるフィールドワークを経て、壱岐島のストーリー性に裏打ちされた現代アートフェスティバル開催を軸に新たな観光資源を創出する方向性を見出すに至った。アートフェスで目指すは、歴史的なまちなみとアートとの融合。それは単なるフォトジェニックなスポットとしてではない。地元住民にとっては、融合による生成物が新たな地域的な事業構想の萌芽となり、旅人は非日常的な空間をそぞろ歩きつつ、それぞれに自らの物語を紡ぐことができるような場としたい。

アートフェス構想として提案する、小島神社のプロジェクションマッピングのイメージ

漁業の街・勝本浦

PTでは、アートフェス開催拠点を二つのエリアを絞り込んだ。一つは、かつて捕鯨基地として隆盛を極め、今もイカやマグロ漁で知られる勝本浦(壱岐市勝本町)。豊臣秀吉による朝鮮出兵にあたり、渡海する軍勢の中継基地や食糧供給など兵站の重要機能を果たした勝本城にほと近く江戸時代には朝鮮通信使の宿泊地としての歴史をしのばせる街でもある。

居並ぶ漁船が壮観ですらある勝本港沿いの道から脇道に切れ込むと、ふとタイムスリップしたような感覚に陥る。海岸近くまで山がせり出し、自動車が1台通るのがやっとという小径を包み込むように歴史的建造物が並ぶ黒瀬商店街。往時は商店街に華やかさを添えてきたであろう万国旗は、今では逆に「昭和」を感じさせる。そんなまちなみで注目したのは、大抵の建物の玄関脇に取り付けられている国旗掲揚用の竿受け金具。ここに統一感あるデザインの旗を掲げることでアーティスティックな舞台を演出する。町家の軒の連なりも貴重なリソースとなるだろう。

新旧が交錯する歴史的建造物は、それだけで魅力的である。少し手を入れるだけで想像しえない化学反応を起こしてくれるかもしれない。かつて海産物問屋として使われていた建物を改装したカフェや昭和初期に建てられた木造3階建の元旅館をリフォームしたゲストハウスからは、フェス開催への協力を取り付けた。

先に何があるかわからないというワクワク感を秘めたU字型に湾曲した小径と、そこで出会う現代アート。作品は訪れる人に疑問を投げかけ、その意表をつく。一方で遊び心にも満ちている...そんな重層的な喜びに与えてくれる舞台装置となるはずだ。勿論、空き地に面した倉庫の無機質な壁や擁壁、商店街に点在する空き家も格好の展示スペースとなる。

港に係留されている漁船に大漁旗の代わりにアートフラッグを掲げれば、海上までフェス会場となる。勝本浦の沖合にある無人島・辰ノ島も十分に活用の余地が大きい。条件がよければ、船が空中に浮いて見えるような透明度の高い海を借景とした作品も展示できる。

行き交う人のクロスロード・
芦辺浦

もう一つは、島西部の芦辺浦(壱岐市芦辺町)。ここは、福岡市からの壱岐島への定期航路で唯一、ジェットフォイルが入る芦辺港に近いというアドバンテージがある。

最近、海辺から100メートルほど入った場所にゲストハウスが注目されている。学校が終わるとランドセルを背負った地元の小学生が元気よく入ってくる。彼らのお目当ての一つが、宿の仕事を手伝うことで宿泊代が無料となる長期滞在者らとのふれあい。築約100年の元遊郭を改装した建物は、地元在住の事業構想家と移住者により、今や人と人とが行き交うクロスロードとしての場を担うことになった。

このゲストハウスの運営者や地元の建築家、飲食店経営者らが、このほどハウス近隣に移住促進施設を設置した。芦辺浦を「移住モデルエリア」として位置づける壱岐市と2月9日に連携協定を締結。移住希望者への情報提供や支援、空き家を移住者用の住居として活用する。いずれにしても、上意下達的ではない自然発生的なにぎわいは、フェス成功への大きな原動力となるに違いない。

神々の島

古事記ゆかりの地・壱岐は、「神々の島」と言われることがある。神社庁に登録されている神社だけでも150社超。中でも訪れた者の目を引くのは、干潮時のみに参道が現れ、満潮時は島になってしまう小島神社(壱岐市芦辺町)だ。「日本のモンサンミッシェル」とも呼ばれ、島全体が神域であるこの神社にプロジェクションマッピングなどを施し、荘厳且つ幻想的な空間を創出。そうすることで、インバウンド誘引への懸案とされてきたナイトタイムエコノミーの創出にも貢献しうるであろう。同じ手法はほかの大小の社にも応用できる。

フェスをどこで開催しようが、アーティストと地域住民による共同制作は常に視野に入れておく必要がある。まちなみの象徴的な場に共創スペースを設け、制作過程をアーティストと共有することで創る喜びを分かち合い、アートの地域への落とし込みを図る。

タイ人アーティストの参画

アートフェス開催自体は全国各地で先行事例があるものの、それぞれに参加アーティストの確保という課題が横たわる。PTは、著名な作り手が提稿するアート誌「COZIKI」との協働でそれをクリアすることを志向する一方で、PTタイ人メンバーや現地パワーユーチューバーなどと連携し、タイ人アーティストの参加を模索していく。2019年2月16日のバンコク―福岡間のLCC就航を契機に、気運醸成に努めたい。

広がるアートの地平と
組み合わせの妙

絵画や彫刻のような狭義の芸術作品だけではない。壱岐は豊富で良質な天然の食材に恵まれながら、加工や県外移出の体制づくりに課題がある。これを解消しようと島の特産品をプロデュースし、6次産業化するアイデアも構想している。例えば、アスパラガスは加工法や容器にも工夫を凝らす。1995年に世界貿易機関(WTO)から地理的表示の産地指定を受けた壱岐焼酎は、見せ方を変えれば印象が大きく変わる。郷土料理にも注目したい。

アスパラのピクルスをつくり、パッケージデザインも洗練し販売する

「長崎ガラス(ビードロ)」に美しい文様を施したガラス製ボトルはギヤマンと呼ばれ、アート性が高い工芸品。ボトルを楽しむ嗜好性の高いデザインボトルでプレミアム焼酎をつくる

現状では、大手メディア企業によるスポンサードを受けた直島(香川県)のような強力な展開を期待できまい。しかし、既存のリソースを組み合わせることで思いもよらぬ側面が見えることが間々ある。壱岐にはまだ光を当てられていない資源がある。アートが地域に根付いていくプロセスの中で、それが生活に新たな息吹をもたらし、長期停滞傾向にあえぐ地域再生への活性化にも寄与すると信じ、事業構想の具現化を進めたい。