2018年6月号
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インバウンド沸騰の先へ

学習院大学学長が語る 地域の魅力を伝えるアーカイブの力

井上 寿一(学習院大学 学長)

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明治150年を迎える2018年、各地の郷土史料を活用し発信する活動が進められている。歴史の面白さと地域の魅力を伝えるアーカイブには、どのような可能性があるのか。近代日本外交史を専門とする井上寿一氏に、近代日本の概観と共にその可能性を聞いた。

井上 寿一(学習院大学学長)

「国のかたち」を描いた
帝国憲法の制定と近代化

――明治国家の建設過程で画期的だったのは何でしょうか。

大日本帝国憲法により、文明国としての地位と、不平等条約改正に向けた姿勢が明確化されました。また体制を保持するため、天皇の無答責性(政治に関する責任を負わなくて良いということ)を掲げました。但し、天皇大権は各国家組織が分有し相互独立に牽制し合うことで、どこか1つの国家組織の突出を避ける憲法の仕組みを作りました。

第二次世界大戦直後には、戦後の新憲法を称え、戦前の体制を完全否定する議論が10年近く続きました。しかし戦前の政治家は政治の運用を重くみていました。例えば、大正時代以降の民主化や普通選挙権付与も、制定当時には想定されていませんでしたが、現実政治の運用過程で進んだものです。対外危機に促されつつ憲法制定を進め、立憲君主国となったのは、近代化の第一歩でした。

――列強に伍する際の現実的なリスクを織り込みつつ、対外的な意味付けを図っ たわけですね。

当時の東アジアで大国とされた清朝中国ですら、アヘン戦争でイギリスに敗け、その証に敗戦条約として不平等条約を結ばされました。強い危機意識の下で大急ぎの近代化が相当に成功したからこそ、1911(明治43)年に関税自主権を回復し、全ての不平等条約の改正を達成したのです。

――国づくりの陣容には、多彩な人材が登用されたことも知られています。

明治政府では学歴にかかわらず若くして外国事情をつぶさに見聞した人間を重用し、憲法案起草では金子堅太郎を、財政では高橋是清を登用するなど、各分野の専門家に政策を任せました。

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