2017年9月号

地域特集 石川県

現代アーティストから転身 異彩の女性経営者が挑む能登半島活性

中巳出 理(Ante代表取締役社長)

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現代アートからECビジネスへ転身、60歳を過ぎて地域おこし会社を立ち上げた中巳出理氏。能登半島を舞台に、商品開発から観光振興、人材育成まで...。「やるならとことん」が信条の中巳出氏が実践する地域おこし術とは。

奥能登・珠洲で500年の歴史を持つ伝統的な塩づくり『揚げ浜式製塩』。Anteは今年、製塩の技術継承を目的に塩田事業をスタートした

"付録"の人生は地域とともに

2009年、石川県に創業したAnte(アンテ)。石川・能登の食材や伝統技術を利用した商品開発、限界集落でのカフェ建設、技術継承に向けた塩田事業の立ち上げなど、独創性の高い取り組みで、過疎の地に常に新しい話題を創りだしている。

創業社長の中巳出理(なかみで・りい)氏は幼少期、厳格な母のもと、お茶、お花、日本舞踊など、様々な伝統芸能をたしなんだ。その反動で現代美術の世界に惹かれ、現代アート彫刻家の道をめざす。世界的な彫刻家を夢見てニューヨークに行くも、挫折。その道はキッパリあきらめ、帰国後は一転、ECビジネスを立ち上げ、加賀市にいながら米国を相手にビジネスを展開、成功を収めた。

40代後半から12年続けたECビジネスからアッサリ手を引いたのは、「年齢的にネットビジネスのスピードについていけなくなったこと」、「残りの人生を地域に貢献して生きたいと思ったこと」が理由だ。

新進気鋭の女性現代アート作家、ECビジネス・・・。比較的保守的な思考の強い石川県において、中巳出氏は常に異端児だった。

「若い頃は地域に背を向けて生きてきました。60歳を過ぎて、残りの付録の人生は地域に目を向けて生きていきたいと思ったんです」(中巳出氏)

Anteが開発してきた、能登の地域資源を活用した清涼飲料

サイダーを作るために起業!

2008年、浅野川のはんらんで大きな被害を受けた温泉町、湯涌町の復興を願って、同町の柚子街道にちなんだ地サイダー『金沢湯桶サイダー 柚子乙女(当時:柚子小町)』を開発したのが、Ante起業のきっかけ。

企画したものの、地元からの理解がなかなか得られず、「ならば自分で商品化してみせよう」と考えた。サイダーの最低ロットは2万本。名もない個人がオーダーしたところでどの工場も相手にしてくれない。だから会社を立ち上げた。

「サイダーを作るために、会社を立ち上げたようなものです」と中巳出氏は笑う。

最初は地元に受け入れられなかった『柚子乙女』。若い女性に大正ロマンの着物を着せた販促プロモーションで話題づくりをし、マスコミにも注目されたことから人気が爆発。発売から2カ月で2万本を完売。現在では、「湯涌温泉といえば柚子乙女」と言われる地域の名産となっている。

『揚げ浜式製塩』を世界に発信するために、飲料から菓子、加工調味料など幅広い商品を開発、ヒットを連発している

ストーリーと意外性

湯涌の柚子の次に中巳出氏が目をつけたのが能登半島の塩だ。

奥能登・珠洲には500年の歴史を持つ伝統的な塩づくり『揚げ浜式製塩』がある。干潮満潮の差が少ない能登半島では、海水を塩田まで揚げて塩を作る。これが『揚げ浜式』の由来だ。揚げられた海水は製塩技術者である浜士が塩田に霧状にまく。この製法が古くから連綿と続けられているのは全国で唯一で、2008年に国指定重要無形民俗文化財に指定されている。揚げ浜塩は希少な塩だと言える。この塩づくりを世の中へ発信したいと開発したのが『奥能登地サイダー しおサイダー』。

「揚げ浜製塩法で作った塩だけを使うこの商品は数に限りがあるため、ナショナルブランドが手をつけられないジャンルと言えます」(中巳出氏)。その分、地域性やオリジナリティは高まり、商品としてのインパクトは強くなる。

「モノを作る時にはストーリーと意外性が大事」と中巳出氏。

『しおサイダー』の場合、500年以上受け継がれてきた能登半島にしかない技術というストーリーに加え、塩×サイダーの意外性が多くの人の心に刺さった。さらに航空会社ANAのMYCHOICEに選ばれたことで知名度が上がり、全国区のヒット商品に。結果、全国的なしおサイダーブームの先駆けとなった。

Anteでは飲料以外にも、能登杜氏発祥の地といわれる宗玄酒造の酒粕を贅沢に使用した『大吟醸ブラマンジェ』、白山市の伝統野菜である唐辛子『剣崎なんば』とチョコレートを組み合わせた『ちょこっとなんば』など、地域資源を様々な形に商品化している。

奥能登の限界集落に2014年にオープンした『しお・CAFE』

限界集落に行列のできる
カフェ登場

現在存在する9自治体のうち8自治体が「消滅可能性都市」とされる能登半島。

「血液の流れない半島は壊死する運命にあります。そうした地域をまちおこしするには、血液を循環させる〈営み〉、〈生業〉を創り出す必要があります」(中巳出氏)。

人口減少を食い止めることはできなくても、地域に若者を呼びこみ、交流人口を増やすことは可能だ。そこで中巳出氏が挑戦したのが『しお・CAFE』。その昔、加賀藩の80%の塩を作ってきた能登半島の歴史を背景に、能登半島の先端である珠洲市の、当時居住者8人という赤島地区にカフェをオープンする企画を打ち出した。

「珠洲は能登の人でもほとんど行かない過疎地。周りの超大反対を押し切ってのチャレンジでした」(中巳出氏)。

美しい日本海を臨める空き屋を買い取り、喫茶店に改築。改築は金沢工業大学の建築デザイン学科へ依頼。"限界集落にカフェ"という驚きのミスマッチと学生による改築が話題を呼んだ。限界集落のプロジェクトに約2年間にわたってテレビ局が密着。ドキュメンタリーが放映されたことで、人気に火がついた。オープンから3年半、28席しかない喫茶店に、3万2000人もの客が訪れている。限界集落に若者の行列のできるカフェが登場した。

能登半島を舞台に中巳出氏が立ち上げた企画は様々あるが、どんな企画も「話題作り」がポイントとなっている。

「マスコミの援護射撃は大きいです。限界集落のカフェに行列ができれば、もちろんマスコミは取り上げます。地域の中でキラ星のごとく輝いて話題を作っていけば、必ず大手企業や商社の目にとまり、全国展開できます」(中巳出氏)。

中巳出 理(Ante代表取締役社長)

限界集落の行列のできるカフェ『しお・CAFE』。オープンから3年半で3万2000人もの客が訪れている

地域を抜いてヒットはない

Anteでは2017年4月、『Ante揚げ浜塩田』を竣工。塩田が広がる能登半島ならではの景観の再生と揚げ浜式製塩の技術継承が目的だ。

社長業の傍ら、カフェができればウエイトレスをやり、塩田ができれば炎天下の中で作業もする。「とことんやる」のが中巳出氏のスタイル。チャレンジとネバーギブアップが信条だ。

「地域おこしは、地域と一緒になってやる、地域に愛されてなんぼです」(中巳出氏)。

地域事業というと、地域にお金の落ちる商品開発や仕組みづくりといった発想に向かいやすい。しかし、お金ありきの発想ではなかなかうまくいかないのが地域おこし。

「限界集落で、お金の儲かることなんて、まずありません。とにかく地域にフォーカスすること。地域を抜いてヒットはありません」(中巳出氏)。

『しお・CAFE』では、金沢大学の学生に改築を依頼することで超高齢化の過疎の町に若者が出入りし、町の雰囲気を変えた。『しおサイダー』を香港やシンガポールなどの海外でも販売するのは、自社の利益のためではなく、地域の名産が世界に出ることで地域の人たちに喜んでもらうためだ。

「地域おこしでは、地域に人を増やすだけでなく、そこに息吹きを与える必要がある。例え人が増えなくてもキラキラ光るものを増やすことが重要です」(中巳出氏)。

60歳を過ぎて起業した中巳出氏の情熱はまだまだ尽きない。今後は製塩事業を軸に海や里山を持続可能な形で守っていく、半島のエコデザインと新しい生業づくりに挑戦していくという。

「本当に守らなければならないことは何かを頭を柔軟にして考える。伝統を守りながらも進化を恐れないことが、大切です」(中巳出氏)。

Anteには、すぐ消えてしまうものではなく、ずっと続くものにしたいという『アンティーク』と、常に新しい情報をキャッチする『アンテナ』の意味が込められている。

半島に新しい息吹きを与えるAnteの活動は、この先もずっと続いていく。

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