隠れた地域資源を再評価 オニグルミ・ブランディング事業

クルミ生産高が日本一の長野県。その同県においても、加工の難しさを理由に、味が良く、栄養価の高いオニグルミの価値は見過ごされてきた。胡桃澤知秀氏はこの埋もれていた地域資源に着目。関係者との繋がりから生産ノウハウ、販路まで持たない全くのゼロから、構想を考え、実績を出し始めている。

胡桃澤氏はタイにオニグルミを持参。自ら交渉し、オニグルミを使ったアイスクリームのテストマーケティングを行う機会を得た

長野県飯田市に本社を構えるエヌ・エス・エスの会社員である胡桃澤氏。"グローカリゼーション"を標榜する同社の経営戦略室に籍を置き、1年ほど前から信州産オニグルミのブランディングについて検討を始めた。しかし、意欲とは裏腹に、生産者や地元メーカーなどとの関係構築が思うように進まず、胡桃澤氏はブランディング事業立ち上げの糸口すら掴めないまま足踏み状態に陥っていた。

「何か打開策はないかと悩んでいたときに、ふるさとグローバルプロデューサー育成支援事業のことを知りました。言い方は悪いかもしれませんが、このプログラムに"乗っかる"ことで、進まなかった事業をスタートさせることができればと思ったのです」。

クルミは、健康効果の高い食品として消費ニーズが拡大しているスーパーフード。東日本の広い地域で栽培されており、生産量では長野県が全国一位を誇っている。数あるクルミの中でもオニグルミはオメガ脂肪酸(3系・6系)の含有率が極めて高く、フルーツのような良い香りを持つ魅力的な品種であるが、生産量は限定されている。というのも、県内で多く生産されているシナノグルミに比べて、オニグルミは栽培が難しくて収穫量が安定しないうえ、殻が硬くて加工時にロスが生じやすいことから、次第に生産放棄されるようになったのだ。

「クルミの聖地である長野でオニグルミの価値を再評価し、新イメージを打ち出す商品開発を進めていこうと考えました。また、ナッツ類の加工や輸出が盛んなタイなら、国内の消費ニーズも高く、新たなナッツの参入に敏感に反応してくれるのでは? という仮説を立てて研修に臨みました」。

しかし、加工が盛んであるにもかかわらず、研修でタイへ行ってみると、タイの人たち自身は、ほとんどクルミを食べないという想定外の事実に直面。それでも胡桃澤氏は諦めず、根気強くヒアリングを重ねていった。その結果、現地のオーガニック業界から、タイ国内でオーガニック承認が始まり商機が広がり出したタイミングであること、高級デパートやオーガニック専門店では、比較的所得レベルの高い層がクルミを購買していることなどの情報を得た。そして、オニグルミの持つ「希少性」「健康・美容」「高付加価値」を前面に出す商品開発こそが、海外での新たなニーズを開拓するカギとなりそうだと、研修前の仮説を書き直すことができた。

また、現地のアイスクリームショップ「Ampersand Boutique」の協力により、オニグルミを使ったアイスクリームの試験販売を実現することに成功。「イベントに出品後、お店のfacebookに写真入りで商品情報がアップされて、613のいいね!を獲得しました。この数字が多いか少ないかは評価の分かれるところでしょうが、クルミを食べる習慣のないタイ人が興味を示した数としては、可能性を感じるものだったと捉えています」。

胡桃澤知秀 エヌ・エス・エス株式会社経営戦略室

小さな実績の積み重ねが地域を巻き込む力に

アイスクリームという商品を開発・販売したという実績は、頑なだった国内生産者の気持ちをも動かした。県下に1軒しかないオニグルミ農家には何度も足を運んでいたが、交渉のチャンスすら与えられない状態が続いていた。ところが、タイでアイスクリームを開発し、イベントに訪れた消費者たちの間で好感触を得たことを伝えると、胡桃澤氏の事業プランに耳を貸してくれるようになった。そして遂に、チームの一員に加わってくれることになったのである。

さらに胡桃澤氏は、オニグルミの廃棄部位にも目をつけた。オニグルミの中で食用になるのは仮果と呼ばれる実の中心部にある種子のみで、全体の8割以上が廃棄されているが、殻をペレットの材料にしたり、油を搾ってアロマオイルに加工したりすれば、ゴミが宝の山に化ける。今後、殻の燃焼効率を確かめる実験を行う予定で、実用化が決まれば10トンのクルミのうち8トンを占めていた廃棄部位から付加価値を持った新商品が誕生する。

少しずつ実績が出来てきたことが、信州産オニグルミをブランディングするのに必要となるネットワークの広がりに寄与しつつある。「当初は、市役所や地域おこし協力隊などに話を聞いてくれる人がいる程度でしたが、いまはオニグルミの生産者・採取者に加え、飯田市役所や東御市役所、JA南信州、金融機関(八十二銀行)も協力的ですし、加工技術を提供してくれそうな地元メーカーも見つかりました。また、バンコク週報やNNA(タイの経済ニュース)といった海外メディアとのつながりもできました」と語る胡桃澤氏は、研修前後で"関係者の巻き込み"が大きく進展したことに、プロデューサーとしての手応えを感じているようだ。

今後は、国内の研究機関やメディア、海外の小売店や飲食店との新たなネットワークを模索しながら、信州山間地域での里山活動を進めていく計画だ。「オニグルミの物量を確保するため、また、山間地域の経済活性化のために、クルミの植林をしていきたいと思っています。長野県はリンゴや柿のブランディングが盛んですが、栽培に使われていない荒廃地もあるので活用していけたらいいですね」。