欧米企業に負けないために AIビジネスの「構造」と戦略を分析

GoogleやFacebookなどが人工知能分野に莫大な投資を進めるなかで、人工知能エンジニアの数も限られている日本企業は、どのような戦略をとるべきか。それにはまず、人工知能ビジネスの構造を知ることが重要である。
文・小塩篤史 事業構想大学院大学教授、研究科長

 

Google DeepMind が開発したAlphaGoは、プロ棋士李世に勝ち越した出来事が人工知能ブームの着火点となった

人工知能ビジネスの活況

人工知能ビジネスが活況を呈している。IBM WatsonやAlphaGoなどが一般紙に登場する回数も増え、人工知能ビジネスに挑戦したいという声も数多く聞く。

図1 Googleにおける検索頻度

出典:Google Trendより筆者作成

 

Googleにおける検索頻度を調べてみると(図1)、人工知能の英語Artificial Intelligenceの検索動向は増加傾向にあるが、2012年時点でも一定数あったことが分かる。一方で、日本において2014年以前はほとんど検索されておらず、2015年からようやく少しずつ一般化し、AlphaGoが2016年3月に数多くの世界戦優勝経験のあるプロ棋士李世(九段)に挑戦し、4勝1敗と勝ち越した出来事が人工知能ブームの着火点となっている。その後、Watsonによる白血病診断などが取り上げられ、注目度が増している。このブームの背景にはディープラーニング(深層学習)の活用が進み、人工知能、特に機械学習分野でイノベーションがおこり、学習精度が飛躍的に向上したことがあげられる。

この人工知能分野における一つのイノベーション、ディープラーニングをどう使うのか?あるいはディープラーニングにどう関わっていくのか?

すでに人工知能研究者のサイドから動きが出ている。産業技術総合研究所に「人工知能研究センター」が設置され、東京大学にも「先端人工知能学教育寄付講座」が設置されるなど、遅ればせながら研究者・技術者の養成が進んでいる。

人工知能研究で日本は大きな役割を果たしてきたが、人工知能の社会実装においては大きく出遅れている。これは機械学習という「実データ」を基盤とする分野においては致命的なことである。そして人工知能エンジニアの希少価値はグローバルでますます高まっており、人材獲得はますます困難になっている。

社会実装を想定した際に必要となるのは「モノ」としての人工知能技術・アルゴリズムだけではなく、社会との接点を規定し、コミュニケーションしながら実装する「ヒト」と紐づいた人工知能技術である。日本においてこの「ヒト」資源は限定されている。

アメリカのようにグローバルに優秀な人工知能エンジニアを獲得できていない中で、どのように勝負をしかけるのか?21世紀の日本も資源の無い中での戦いを強いられるのだろうか?多くの人がその未来を憂えている。

そのための一つの解決策は、事業構想と人工知能が手を組み、社会に必要な構想から少ない「ヒト」資源と「データ」資源を最大限に活用することに活路を求めるしかない。

診断が極めて難しい白血病のタイプを見抜き、患者の命を救ったことで話題になったIBM Watson
Photo by Clockready

人工知能ビジネスの構造

まず人工知能ビジネスの構造から捉えてみたい。

図2 人工知能ビジネスの構造と、「2階領域」のビジネスチャンス

出典:筆者作成

 

人工知能ビジネスの構造を考える際に、図2のような形態が想定できる。まずは人工知能技術がデジタル空間で活用されているのか、リアル空間で活用されているのかという区分があり、そのうえで、インフラ的な人工知能を提供する1階のプレイヤーとその上にアプリケーション的にのっかる2階のプレイヤーが想定される。

1階のプレイヤーは、人工知能時代の主役と言えるプレイヤーではあるが、1階プレイヤーとして生存する条件は非常に厳しい。1階のプレイヤーは、人工知能技術を活用しないとビジネスが成り立たない層で、これはデジタル空間ではGoogleやFacebookなどのプラットフォーム企業であり、かつ人工知能への莫大な投資をしている企業である。

これらの企業は機械学習を活用した精度の高い予測アルゴリズムの開発や機械による翻訳、自動応答などの技術開発を続けており、その技術革新が、広告収入などで売り上げに直結する企業群である。獲得した売り上げで、さらに人材獲得と技術開発を続けており、桁違いの投資を行っている。

リアル空間での1階プレイヤーは、IoT (Internet of Things)を自社の製品や店舗等で実装可能な企業群である。例えば自動車メーカーや家電メーカー、インフラ系企業などがあげられるだろう。空間の保有者という意味では、小売業などもここに入ってくる。リアル空間での1階プレイヤーは、自動運転など人工知能を活用した製品・サービスづくりを行わないと各市場で優位性を保てないが、一方で人工知能そのものが収益に直結しない構造でもある。

1階のプレイヤーがデジタル・リアルの各領域で、人工知能の基礎技術開発とインフラ構築を進めていく一方、そのインフラを活用して、特殊ニーズに対応した人工知能が形成される。これらが2階のプレイヤーである。

1階プレイヤーの人工知能は汎用性の高いものが中心であり、2階プレイヤーは生活や仕事などの局面に最適化された人工知能である。1階領域はインフラとして、誰もが使える人工知能サービス、2階領域は、個々の顧客の特殊性に応じたサービス展開がなされてくるだろう。

2階領域の具体例は無数に存在するが、例えば、健康状態のスクリーニングを代替するような人工知能、特定製品のコールセンターを代替する人工知能などがあげられる。1階プレイヤーは、人工知能技術を日常品として使えるように時には無料化を含めて進めてくるだろう。2階プレイヤーは時にはそのインフラを活用し、時にはその圧力に対峙しながら、自らの独自領域を築き上げる必要がある。

人工知能ビジネスの戦略性

上述のような構造を踏まえたときに、人工知能ビジネスの可能性はどこにあるのだろうか。

1階プレイヤーとなれる企業は非常に限定的で、社会においてプラットフォーム機能をもつ企業体だ。これは今、革新が進んでいる人工知能が機械学習という分野であり、良い学習データ無しにはその進化が不可能なため、幅広いデータが取れることが前提条件である。その点、デジタル空間のプレイヤーは活動履歴の補足やデータ収集・知識獲得のコストが低いため、アルゴリズムの開発・実装という面においては優位に立っている。

実験的な取り組みもリアル空間よりも挑戦しやすいため、技術的な発展は、デジタル空間の1階プレイヤーが全体を引っ張っていくだろう。そのため、すでにGoogleなどが研究開発を進めているような汎用的な人工知能技術の開発に民間企業が新規参入することは現実的ではなく、活用者側に徹するのも一つの考え方だ。

それでは残りのプレイヤーのビジネス戦略にはどういったオプションが存在するだろうか。

まず、リアル空間の1階プレイヤーは、否応なく人工知能の導入が必要となる。例えば、自動車メーカーであれば、自動運転の導入であったり、電力会社であれば、より効率的なエネルギー供給を実現する人工知能の搭載であったり、メーカーであれば工場の更なるスマート化であったりは必須である。そこでは、本格的な人工知能の開発が必要で、適切な費用対効果の検証の元、戦略的に大規模な投資を行う必要がある。

この費用対効果の際にどう考えるかが非常に重要である。ここで単純に「効果=売り上げ増」と捉えると、効果を低く見積もることになり、結果として保守的な投資となる。しかし、自動運転の開発について考えた際、現在の環境下で人工知能をフル活用した自動運転車を開発しないというオプションをとった際に、将来発生するであろう機会損失を含めて捉える必要がある。人工知能を戦略的優位性構築のツールとして明確に定義し、自らの生存戦略に位置付ければ、必要な開発戦略は見えてくるはずである。日本の企業はITをコストとしてしか捉えてこず、戦略的優位性をつくる手段として捉えきれなかった反省を活かすべきである。

また、人工知能領域での挑戦は、事業本体にもプラスの効果をもたらす可能性がある。1階領域での経験を踏まえ、自らが2階領域に進出すれば、モノづくり企業が、コトモノづくり企業へ転身できる転機とさえなり得る。

それでは、1階プレイヤー以外の企業にはどのような可能性があるだろうか。大きく3つの可能性が想定できる。

(1) 特殊ニーズを捉えてサービス開発をおこなう

前述したとおり社会の特殊ニーズを捉えて、人工知能の開発を行うアプローチである。例えば、うつ病のモニタリングする人工知能や特定スポーツ向けのコーチングアプリなどがあげられる。その際には、特定領域での「質の高い」データが必要となる。特定スポーツ向けのコーチングアプリを例にとれば、そのスポーツに関する知見、そのスポーツのプレイヤーのデータなどを戦略的に収集し、そのデータを人工知能によって活用することで価値を創出できる。

(2)各種AIを横串する

技術領域ではしばしば起こることであるが、技術中心で開発が行われる、あるいは保有データを基盤に開発が行われることがある。こうしたシーズ起点の発想を横串して、真の顧客ニーズから逆算して、複数のシーズの統合やデータの共有化を進める立ち位置も重要である。またデータは保有しているがAI化が出来ていない事業者をプロデュースするのもこの立ち位置のプレイヤーの役割である。

(3) リアルとデジタルを融合するAIを開発する

リアルとデジタル技術を融合するAIは、組み合わせのイノベーションを誘発する。これまで小売店で行われていたオムニチャネルやO2Oといったリアル店舗とデジタルを融合させる取り組みも、人工知能によってステップアップするだろう。デジタルの可能性と様々なリアル空間をかけ算することによるイノベーションの余白はまだまだ存在している。

自動車や家電、インフラなどの企業は、人工知能を活用した製品・サービスづくりを行わないと各市場で優位性を保てなくなる(イメージ)

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