2017年1月号

人間会議

データ活用の「多様化」が進む マルチラリティの到来

石山 洸(リクルートホールディングス R&D本部 RIT推進室 室長)

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リクルートホールディングスは、2015年11月、米・シリコンバレーにAIのグローバル研究拠点を立ち上げた。膨大なデータを持つリクルートでは、「データの民主化」を目指し、従業員が社内データを素早く抽出するシステムを構築。またロボットにデータを入れ、数時間で予測が完了する「データロボット」を導入し、誰もがデータ分析をすることができる。データサイエンティスト以外の人もデータにアクセスし、分析できる環境を整えることで、多様なデータの活用方法が見出される。その結果もたらされる「マルチラリティ」とは何か。

2015年4月に、AI分野の研究所としてスタートした「Recruit Institute of Technology」。

オンラインの世界をオフラインでも

雑誌ビジネスから始まり、フリーペーパー、インターネット、スマホ、そしてAIへ。リクルートは、メディア業界にあって、ビジネスをオンラインに切り替えることにいち早く成功した企業と言える。

リクルートでは、さらなる成長、進化へ向け、破壊的技術(DisruptiveTechnology)としてのAI研究に着目。2015年4月、これまでの「RecruitInstituteofTechnology」をAI分野の研究所として再編、スタートした。同年11月にはグローバル研究開発拠点を米・シリコンバレーに新設。GoogleResearch出身でデータマネジメントとAI研究の世界的権威であるアロン・ハレヴィをトップに起用し、グローバル規模での研究を加速させている。

AI研究所の推進室長を務め、リクルートのAI研究を牽引する石山洸氏は「これまでインターネットだからできていたことが、リアルな世界でも可能になる。これが、人工知能の魅力の一つです」と話す。

例としてインターネットにおける「フェイスブック」と、リアルにおける「地方創生」を挙げた。地方創生では、人口成長と経済成長の二つのプロセスが重要であり、そのためにユーザーを増やして、一人当たりの単価を上げることが必要だ。実は、このプロセスは、フェイスブックとほとんど同じである。

では、フェイスブックと地方創生の違いは何か。それは、データがあるか否かだ。フェイスブックはデータを活用し、サービスから離脱したユーザーが何をきっかけに戻ってきたか等の地道なマーケティングを行い、10年間で15億人のユーザーを獲得した。

地方創生も、大胆に発想すれば、IoTを使って、これまでなかったデータを収集し活用することができれば、フェイスブックのように多くのユーザー(人口)を獲得できる可能性がある、ということになる。

「膨大なデータを獲得することで、オンラインの世界でできてきた取り組みをオフラインの世界にも生かしていけるようになる。そうして成長を加速していけることが、人工知能の素晴らしさです」

石山 洸(リクルートホールディングス R&D本部 RIT推進室 室長)

データ入手を2カ月を2分に短縮

リクルートのAI研究所がコンセプトとして掲げているのが「データの民主化」だ。それは、誰もが簡単にデータにアクセスでき、AIの中核技術である機械学習を活用できる状態のことを示す。

「機械学習を誰でも実践できる環境を整え、最終的には誰もが人工知能を作れる世界を切り拓いていきたいです」

例えば、企業AとBがあったと仮定する。企業Aには約50人のリサーチャーがいて年間約50のAIリサーチプロジェクトを回すことができる。一方、企業Bには従業員が5000人いて、企業内の誰もがAIのプロジェクトを回せる、あるいはAIを開発できるインフラが備わっているため年間5000個のAIプロジェクトを実現しているとする。AとBが競争すれば、当然、勝つのは企業Bだ。

「日本の成長戦略の中でも第4次産業革命が重要視されています。インフラがあって、誰もが人工知能の研究開発をできる。そうした状態をいかに早く実現するかが、第4次産業革命、その先の日本の成長において重要だと考えています」

例えばGoogle(グーグル)は、グーグル内の人が誰でもデータにアクセスできるデータマネジメントシステムを持っている。さらに、専門家でなくても深層学習(DeepLearning)を活用できるテンサーフロー(TensorFlow)と呼ばれるツールをオープンソースとして提供している。

グーグルとリクルートの共通点は、データの多さだ。膨大なデータの中から必要なデータにいかに早くアクセスし、AIに学習させPDCAサイクルを回していくかがビジネスのポイント。

3万人以上の従業員を持つリクルートでは、欲しいデータにアクセスするのに、2万分の1のデータ管理者を見つけ出す必要がある。管理者を見つけ出し、決済資料を作って会議を通して希望のデータを抽出してもらうまでに、2カ月以上かかることもあった。

「この非効率をいかに改善し、高速で成長させるかが重要なポイントでした」と石山氏。リクルートでは改善策として、検索によってすぐに社内データを抽出することができるシステムを構築。キーワードを入れるだけで関連したデータ一覧を検索でき、クリックひとつで入手。グーグルでドキュメントを検索するのと同じレベルでデータを検索できるよう、データマネジメントシステムを整えた。

この検索システム導入で、これまで2カ月かかっていたデータ入手業務が2分でできるようになった。

レンジでチンする機械学習
テクノロジーをオープンに

データサイエンティストが行っていた作業を自動化した機能学習プラットフォーム「データロボット」。予測したい項目を選んでスタートを押すと、2時間程度で予測が完了する。

データを簡単に入手できるようになれば、誰もが分析をしたくなる。

リクルートでは2015年11月、汎用機械学習プラットフォームを提供する米・マサチューセッツ州のDataRobotInc.への出資を実施。AI研究所との事業提携を行った。

データの分析や活用にあたり、多くの企業で問題となるのが、データサイエンティストの不足だ。

DataRobotInc.の機械学習プラットフォームは、従来データサイエンティストがやっていた作業を自動化したもの。データをロボットに入れ、予測したい項目を選んでボタンを押すだけで、2時間程度で予測が完了する。

「“レンジでチンする”機械学習と言っていますが、データを入れてボタンを押すだけで、高いクオリティで予測が完了するという仕組みになっています」

このデータロボットを使い、リクルートではデータサイエンティストでない人もデータ分析を行うことが可能になった。

2分でデータを入手できるデータマネジメントシステムと、予測・分析のデータロボットを使い、導入から1年弱でできた予測モデルの数は4800個を超える。

予測モデル1個を外注すれば約300万円かかる。それが4800個となれば140億円というスケールだ。これは、AIにおける社内インフラを整備する際の設備と効果を計る重要な要素となる。

「AIのインフラが普及し、様々な人が使い始めれば、出てくるアウトプットにも多様性が出るでしょう。その多様性に期待しています」

シンギュラリティ(技術的特異点)が話題になっているが、AI研究所のアドバイザーであるトム・ミッチェル(世界で初めて機械学習の各部を設立した機械学習の代表的な研究者)は、「来るのはシンギュラリティではなく『マルチラリティ』」だと話している。

シンギュラリティでは、人工知能が人間よりも優秀だという定義が絶対的に一義的に決まっている。しかし、人間の価値は相対的で何をもって人工知能が人に勝っているかを判断するのは難しい。従って特異点は複数あり、それを『マルチラリティ』と呼んでいるのだ。

AI研究所では現在、実験的に社内向けのインフラを構築しているが、最終的にはオープンソースとして世の中へ提供していくことを目指している。

「テクノロジーを囲わずにオープンにし、各産業セクターがそのテクノロジーを使うようになれば、生まれてくるものはさらに多様化します。未来は決まりきった世界ではない。それぞれが未来を作っていく機会が増えると、人工知能のダイバーシティも生まれると考えています」

価値の創造者としての人間

人工知能のテクノロジーをオープンにし、様々な人がインフラ構築を目指す。© rawpixel/123RF.COM

石山氏は「人間の持っている認知機能の最も優れている部分は、自ら目標を設定できるところだ」という。

さらに、場合によっては目標を高次のものに引き上げていくことができる。

「自由に目標を想像する力が、人間の能力の高さです。一方で、設定されて目標を解くのは、人工知能の得意とするところ。その主従が入れ替わらないことが、重要なポイントです」

人工知能は、基本的にはどの領域でも使うことができる。ただ、産業セクターやドメインによって、取れるデータ量が異なるため、比較的早くデータの取れている部分から人工知能化されていくというのが一般的な考え方だ。

「実はデータを取ればいいだけの話なので、取った者勝ち。誰も取っていないデータを最初に取って付加価値を創出すれば、ビジネスとしてはチャンスになります」

取れているデータに乗っかって人工知能を開発しようという発想もあれば、まだ誰も取っていないデータを取ることで新たな領域でアプローチしていく発想もある。

「これまでにない発想に対して能動的に取り組んでいくことは面白いと思っています。だから、データのない分野にチャンスがあると思えることが重要。それに、人間の持つ創造力を発揮することができます」シンギュラリティ、2045年問題を懸念する声も多くあるが、石山氏は「人工知能の発展は、人間が価値の創造、あるいは価値の創造に紐づく具体的な目標を創造することの重要性を再確認する良い機会」と考える。

これまで、偏差値教育の中で培ってきた、与えられた問題を間違えずに解く機能を人工知能に任せることで、本来、人間の持つ最も高い能力、価値創造に対する能動性を上げていくことができる。

「社会的意味での〈慣性の法則〉の中で、何となく思考停止状態にあった人間の本来持つ力が解き放たれ、様々な革命が起こることが第4次産業革命の面白さだと思います」

“価値の創造者”としての人間の再発見が、人工知能を通じて行われていく。そこに、人と人工知能との共進、共存といった未来があるのではないだろうか。

うつ病の人のための行動記録アプリ「うつレコ」は、人工知能を活用し、サービス化された事業の一つ。

石山 洸(いしやま・こう)
リクルートホールディングス R&D本部 RIT推進室 室長

 

『人間会議2016年冬号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 考える人間、極める機械 人工知能社会の哲学
安西祐一郎(日本学術振興会 理事長)、甘利俊一(理化学研究所)、岡本裕一朗(玉川大学 教授)他
特集2 イノベーティブな経営者が語る 企業の哲学
小林哲也(帝国ホテル 取締役会長)、出口治明(ライフネット生命保険 代表取締役会長)、谷田千里(タニタ代表取締役社長)他
(発売日:12月5日)

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