栃木県宇都宮市発 駐妻キャリアnetが人材不足企業と駐妻をつなぐ新市場創出

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年5月11日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

キャリアを継続したい駐在員妻(配偶者の海外駐在に同行する女性)を対象に、現地でできる仕事の紹介をはじめ、研修や情報提供などを通じてキャリアの継続につながるサポートを行っている。「夫の海外赴任先でも、自分のキャリアを生かした仕事をしたいと考えている駐妻(ちゅうづま)の存在を多くの人に知ってもらいたい」。駐妻キャリアnet代表取締役社長の三浦梓さんは、言葉に力を込める。

三浦さんが目指すのは、「女性が働きたい時に、いつでもどこでも働ける社会の実現」。ハイキャリア駐妻人材市場の創出は、その大きな一歩だ。

駐妻キャリアnetは設立4周年を記念してオンラインでイベントを開催。最上段左から2人目が三浦さん
駐妻キャリアnetは設立4周年を記念してオンラインでイベントを開催。最上段左から2人目が三浦さん

駐妻期間のキャリア構築を可能に

駐妻は、海外で働く日本人駐在員の配偶者、海外駐在員の妻の略称だ。配偶者の海外赴任に伴い、勤務先を退職や休職して同行した駐妻には、自身のキャリア構築について悩みを抱えている人が少なくないという。

近年、外資系金融、総合商社、大手メーカーなど大手企業でキャリアを積んだ意欲的な女性が駐妻になるケースも増えてきた。海外でもキャリアを継続したいと願う彼女たちは、企業が求める即戦力でありながら「駐妻」という立場によってその存在が見えにくくなっている。駐妻キャリアnetは、配偶者の海外赴任先で駐妻本人が希望すれば、キャリア構築に生かせる経験ができることを事業の軸に据えている。

駐妻キャリアnetが運営する駐妻のコミュニティは、2017年にブラジルのサンパウロで4人の駐妻の出会いから生まれた。当初は主に対面で現地生活の困りごとの相談や情報交換などを行っていたが、Facebook(フェイスブック)を活用した駐妻のキャリア支援に特化したコミュニティ(グループ)、「駐妻キャリアnet」に進化し、2026年5月現在、世界53カ国の1000人を超える駐妻がメンバーとなっている。

駐妻の情報交換から、キャリア支援へ

駐妻キャリアnetが駐妻のキャリア支援に特化したコミュニティとしての現在の形が形成されたのは、2020年11月に三浦さんが3代目の代表に就任してからだ。駐妻のキャリアの悩みを解決するため、即戦力となる駐妻と企業の仕事のマッチングに乗り出したのだ。それまでコミュニティに届く企業の仕事は、他社が人材確保の目的でコミュニティを無償利用する形が中心で、低単価・低付加価値の業務にとどまっていた。三浦さんが代表に就任すると、仕事を待つ姿勢から一転、駐妻人材が活躍できる仕事を自らつくりに行くスタンスへとシフト。企業の経営者と直接対話し、駐妻人材を対等なビジネスパートナーとして位置づけることで適正な報酬水準を実現し、メンバーの専門性を最大限に生かした高付加価値な仕事の創出へと舵を切った。

こうした活動は、三浦さん自身のキャリアと駐妻としてサンパウロで暮らしたことが大きく影響している。三浦さんは大学院卒業後、リクルートに10年間勤務し営業、企画、人事の業務経験を積んだ。その後、外資コンサルティングファーム、A.Tカーニーで日本採用責任者を務めたほか、友人と起業した経験を持つ。

三浦さんのキャリアの転機は、2020年1月、夫の転勤でサンパウロ州カンピーナス市に同行した際に訪れた。現地で仕事を探したが、公用語であるポルトガル語がビジネスレベルではない現地での就職は難しく、日本企業に人事のリモートワークを打診すると、返ってきたのは時給980円のインタビュー動画の文字起こしの依頼だった。リクルートで10年、A.Tカーニーで日本の採用責任者として累計1万件以上の面接を経験してきた三浦さんにとって、それは大きな衝撃だった。「海外に行くだけで、こんなにキャリアに対する評価が変わってしまうことに衝撃を覚えた」と三浦さん。

三浦さんは2020年3月、サンパウロを拠点に活動する駐妻キャリアネットの運営メンバーに入った。その年の11月に3代目の代表に就任すると、すぐに駐妻が活躍できる仕事創出の仕組みづくりに本格的に着手した。駐妻のコミュニティでは、「キャリアを断絶させたくない。心から働きたい」という声を多く聞き、三浦さん自身も人事業務の経験から、仕事のブランク期間が長くなると、採用で書類選考の通過も厳しくなると考えていたためだ。英語が得意なアメリカ在住の駐妻向けに現地で開催されている展示会やイベントのスタッフの仕事をはじめ、日本企業を相手に遠隔でできるWebデザイナーや企画、開発を行う仕事などを紹介した。

さらに三浦さんは、自身が駐妻になるのを決めた際にロールモデルが見つからなかった経験から女子大生ライターによる駐妻100人にインタビューするプロジェクトを実施。100人100色のキャリアを可視化し、1人でも自分の方向性や経験と重なるロールモデルに出会えるようにと、駐妻期間の過ごし方を8つのパターンに分類し電子書籍化した。そして調査・研究機能を担う「駐妻キャリア総研」も設立。こうした一連の取り組みを経て、2025年4月に法人化を果たした。

「ブラジルでの経験が自身のキャリアを変えた」と三浦さん(右)。駐妻キャリアnetのメンバーと旅行先のブラジル・サルバドールで
「ブラジルでの経験が自身のキャリアを変えた」と三浦さん(右)。駐妻キャリアnetのメンバーと旅行先のブラジル・サルバドールで

運営組織を法人化

駐妻キャリアnetのメンバーは、Facebookのグループの入会フォームに名前やメールアドレスなどの情報とともに、「これまでどんな仕事をしてきたか」「今、どんな仕事をしたいか」といったキャリアの記入が求められる。現在のメンバーの約9割が大手企業で勤務していた経験を持ち、総合職で7年以上勤務し、管理職候補の女性が多くを占めている。経験職種は営業、企画、広報、人事など多岐にわたる。「こんなに脂がのった人材はなかなか探せない。これだけの人材が海外にいることを伝えたい」と三浦さん。

駐妻キャリアnetに所属する駐妻人材は業務を遂行するだけでなく、ハイキャリアで主体的・意欲的な姿勢そのものが職場に影響を与える存在でもある。自走する組織文化の醸成や、女性管理職登用の促進、若手女性社員のロールモデルや相談役としての役割も期待できる。実際に駐妻キャリアnetを通じて企業で働く女性たちは、そのような評価をすでに企業から受けており、人材不足の解消にとどまらず、企業の組織変革にもつながる存在として注目されている。

三浦さんは2024年3月まで4年間ブラジルで暮らし、帰国した。駐妻キャリアnetの運営はボランティアで行っていたが、2025年4月に運営組織を法人化し、株式会社としてスタートを切った。

現在は、駐妻キャリアnetと企業という「企業対企業」の業務委託マッチングという形で、駐妻が担う仕事をつくっている。委託した業務は、駐妻キャリアnetのメンバーから希望者を募って任せている。新たな形として、地方の企業のバックオフィス全体の業務を駐妻が10人単位のチームで取り組むプロジェクトも進めている。

「さまざまな形で駐妻人材のキャリアを生かせる場をつくっていきたい」と三浦さん
「さまざまな形で駐妻人材のキャリアを生かせる場をつくっていきたい」と三浦さん

目標は年商1億円 人材不足に悩む中小企業や地方企業も視野に

駐妻キャリアnetはこれまでに50社を超える企業から業務の委託を受けた。こうしたキャリアを継続したい駐妻と企業をつなぐ活動が評価され、2024年12月には経済産業省「令和6年度ユニコーン創出支援事業」ビジネスプラン発表会REDTOKYOファイナリスト に選定された。

ビジネスプラン発表会 RED TOKYOの様子。前列左から8人目が三浦さん
ビジネスプラン発表会 RED TOKYOの様子。前列左から8人目が三浦さん

また、2026年3月にはNewsPicks for WE主催・WE CHANGE AWARDS 2026 企業部門奨励賞を受賞した。三浦さんは宇都宮市の男女共同参画審議会委員、栃木県の人権施策推進審議会委員も務め、地域の政策にも積極的に関与している。加えて、宇都宮のコミュニティFM・ミヤラジ(77.3FM)でラジオ番組「駐妻キャリアジャーニー」を毎月放送し、地域ならびに世界中への情報発信も続けている。

現在、企業として年商1億円という目標を掲げている。「まずハイキャリア駐妻人材の存在を知ってもらうこと。ハイキャリア駐妻人材はこんな仕事ができる、という部分がまだ知られていない」と三浦さん。今後は中小企業やベンチャー企業、地方に拠点のある企業の人材ニーズを掘り起こすことも重要なテーマとしてとらえている。実際、こうした企業でハイキャリア駐妻人材のマッチングが成果を上げるケースも少なくないためだ。

「SNSを更新して情報発信できる人材がいない」という企業の悩みを聞き、大手企業の営業経験者を紹介した。三浦さんは「SNSの発信は、企業の顔としての役割を持つ。その企業の思いを知り、戦略を考えて数値目標も達成できる人が適任と考えた」と説明する。

大手旅行会社の企画部門で働いていたメンバーが、国内のベンチャー企業のWeb担当者としてサイトの構築を行ったケースもある。Webサイトの立ち上げは未経験だったが、企画部門での経験を生かし、ブランディング戦略を立ててデザインを考案。駐妻期間中は業務委託のWeb担当として力を発揮し、帰国時には正社員として迎えられた。

また、三浦さんの人事や採用、コンサルティング経験を生かし、中小企業の求人ニーズの掘り起こしも強みにできるとしている。中小企業は人事や採用の専門部署がない場合も多い。こうした環境下では、「社長をはじめ企業の方の悩みを聞ければ、悩みの解決にはどんな仕事や仕組みが必要かを提案し、さまざまなキャリアを積んだハイキャリア駐妻人材をマッチングできる」と三浦さん。どんな人材でどのような仕組みで仕事を回していけばよいかを人事やコンサルティング経験をもとにアドバイスを行うという。

このほか、駐妻コミュニティのメンバーの協力を得て、日本企業が海外進出する際の現地市場の調査も事業として展開している。三浦さんは「世界各地の駐妻が時差を生かし、24時間体制で稼働できることも強みになる。まだまだ、駐妻人材のスキルを生かせる場がある」と新たな市場の開拓を見据えている。「ハイキャリア駐妻人材」の市場を確立させることで、駐妻のキャリア構築を支えるとともに、大手企業のほかに、中小企業や地方に拠点を置く企業の人材不足の解消にもつなげる考えだ。

2026年4月にプレスリリースを発表し、駐妻人材の市場の創出を宣言した
2026年4月にプレスリリースを発表し、駐妻人材の市場の創出を宣言した

【企業情報】
▽公式サイト=https://chuzuma-career.net/▽代表者=三浦梓代表取締役社長▽会員数=1000人超(世界53カ国・2026年5月現在)▽事業内容=駐妻のキャリア支援を行うコミュニティ「駐妻キャリアnet」の運営。駐妻人材を企業に月40〜60時間の業務委託という形でつなぐ。駐妻キャリアインタビューのリリース、「駐妻キャリア総研」による調査研究などを行っている。また日本企業の海外進出支援(世界各地の駐妻メンバーによる現地市場調査・情報収集)を実施し、海外進出に役立っている。▽設立=2017年。法人設立=2025年

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