医療業界の環境変化で、製薬企業の役割が転換? 求められるのは「患者中心」

(※本記事はNTTデータ経営研究所ウェブサイト内の「経営研レポート」に2024年10月3日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

はじめに

近年、医療業界では「ペイシェントセントリシティ(Patient Centricity、患者中心)」という考え方を重要視すべきだという機運が高まっている。製薬企業もまた、同様の考え方を取り入れた変革を求められている企業の一つだ。

従来、製薬企業は医療機関と医師を中心としたビジネスモデルであった。しかし、超高齢社会の到来とともに医療環境が急速に変化する現在、患者との接点を拡大し、より持続的かつ利益を生み出すための変革が急務である。事実、当社では、医薬品開発に関連する企業・官公庁から、患者を中心としたビジネスモデルの立案と導入支援に関する相談が増加傾向にある。

本レポートでは、製薬企業を取り巻く環境の変化と課題を明らかにするとともに、ペイシェントセントリシティの観点から求められる製薬企業の役割を考察する。

1. 製薬企業の活動と課題について

製薬企業のマーケティング活動は従来、KOL 1(キーオピニオンリーダー)となる大学病院や地域基幹病院の医師と関係構築を行うこと、それ以外の医師に対しては全国各地に配置された医薬情報担当者(MR)が情報提供活動を通して処方を依頼するということが中心であった。生活習慣病などの慢心疾患治療薬は同種同効薬が多く、差別化が困難であるため、自社製品の市場シェア拡大には処方医のマインドシェア獲得が重要であったためである。特定疾患においては、全国や地域の処方に大きな影響力を持つKOLに対し、積極的に関係構築を行い、自社製品をPRする講演会などのイベントを日常的に開催していた。また、MR活動として、各病院で開催される医局製品説明会などで製品の認知を向上させ、市場シェアを高める取り組みに注力していた。

しかし、この一連の活動では、実際に服薬する患者に対する配慮がほぼなされていない。生活習慣病領域においては、自己判断で服薬を中止、通院をやめる患者が存在するため、投薬機会の漏れが発生する。希少疾患などターゲット患者が少ない疾患領域では、患者に知識が無いために受診が遅れ、専門医にたどり着くまでさらに期間を要することがある。医師に対するプロモーション活動だけでは、適切に患者へ医薬品を届けることが難しい。薬を適切に届けられない、または服薬を継続できないことで、患者の疾患が悪化する事例の発生も懸念される。他方で、製薬企業にとっては、収益機会の損失する可能性がある。

1 本レポートでは「製薬企業の薬剤の販売促進に影響力を持つ医師などの専門家」と定義

2. 医療環境の変化について

超高齢社会の到来とともに、医療業界を取り巻く環境は急速に変化している。製薬企業が持続的に利益を生み出すための方策を検討するにあたって、現在起きている環境変化を述べる。

(1)医療費抑制に向けた政策推進

製薬業界は規制産業であり、政策動向に大きな影響を受ける。日本では、医療費適正化というお題目のもと、製薬企業にとって逆風となる薬価 2 引き下げという政策が継続的に取られている。具体的には、2015年の閣議決定により後発品数量シェア目標が80%に引き上げられたり、2016年には予測年間販売額を上回った新薬に適用される市場拡大再算定 3 が新設されたりしている。また、2018年度薬価制度改革によって長期収載製品 4 を後発品薬価と同程度まで引き下げる、いわゆるG1ルール等が新設されるなど、長期収載製品に依存する割合が高い国内製薬企業の収益性に大きな影響を及ぼしている(図表1)。

2 保険医療に用いる医薬品の公定価格を指す
3 効能変更等が承認された既収載品及び2年度目以降の予想販売額が一定額を超える既収載品について、一定規模以上の市場拡大のあった場合、新薬収載の機会(年4回)を活用して、薬価を見直すこと
4 再審査期間が終了しており、既に特許も切れている、後発医薬品のある先発医薬品のこと

【図表1】医療費抑制に向けた政策推進

医療費抑制に向けた制作推進について示した図
医療費抑制に向けた制作推進(※画像クリックで拡大)

下記参考を基にNTTデータ経営研究所にて作成

【参考】
内閣府Webサイト「経済財政運営と改革の基本方針2015について」(2015年6月30日)
厚生労働省Webサイト「平成28年度薬価制度改革について
厚生労働省Webサイト「平成30年度 薬価制度の抜本改革の概要

(2)製薬R&Dポートフォリオの変化

かつて、製薬企業のR&D 5 ポートフォリオは患者数の多い高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病治療薬であったが、2010年以降に相次いで大型製品の特許切れが生じた。このことから、現在ポートフォリオとして肥満症、糖尿病などの生活習慣病を対象とした治療薬も依然として存在するものの、オンコロジー 6 領域や希少疾患などのスペシャリティ領域へと変化している。

5 研究開発(Research & Development)
6 がんの診断と治療を専門とする医学の一分野のこと

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