前掛け専門店が海外進出 人と人の出会いが原動力に

(※本記事は「関東経済産業局 公式note」に2025年4月24日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

未来を紡ぐ 有限会社エニシング 代表取締役社長 西村 和弘

経営者の情熱を発信する“Project CHAIN”第58弾。今回は東京都新宿区にオフィス、愛知県豊橋市にファクトリー(工場)がある有限会社エニシング 代表取締役社長 西村 和弘(にしむら かずひろ)さんにインタビューしました。同社は、2000年に創業し、2005年から前掛けの企画製造販売を行っています。約100年前のシャトル織機を老舗メーカーから譲り受け、最高級の前掛けを織っている、世界でも珍しい「前掛け専門店」です。今では世界約30ヶ国に輸出されるほど海外からの注目が高いエニシング。そこに至るまでの挑戦と、人と人との出会いを大切にする西村社長の根源に迫りました。


今回は、東京・愛知にまたがるため、特別編として関東と中部の両経済産業局から特派員がファクトリーを訪問し、西村社長にお話を伺いしました。中部経済産業局noteでは、海外展開にフォーカスした「エニシング」の道のりや秘訣に迫っており、両方読むことで2倍楽しめる記事になっています。ぜひこちらもご覧ください。

豊橋前掛けファクトリーの入り口。前掛け生地の暖簾に趣を感じる。
豊橋前掛けファクトリーの入り口。前掛け生地の暖簾に趣を感じる。

歴史を繋ぐことが価値

——「前掛け」の専門店として、ビジネスに踏み切ったきっかけを教えてください。

きっかけは、創業から5年目のことでした。

大手企業から脱サラ後、創業時は「漢字Tシャツ」の企画販売を行っていました。

当時、Tシャツの買い付け先だった繊維問屋街で前掛けを目にし、前掛けに絵や文字をプリントしたら面白そうだと思い、売り出したことが始まりです。この頃は、漢字Tシャツ販売が主軸で、前掛けは時々注文があるような状況でした。

笑顔が素敵な西村社長。エニシングのロゴである「縁」の文字が印象的。
笑顔が素敵な西村社長。エニシングのロゴである「縁」の文字が印象的。

しかしある時、酒蔵から100枚、飲食組合から200枚の前掛けが欲しいと大量注文が入りました。行きつけの問屋にお願いすると、「300枚の前掛けなんてあるわけない」と怒られてしまい、困った挙げ句、前掛けの生産地を自分で探すことにしました。

さまざまな糸の組み合わせでも織ることができる。太い糸を複数同時に用いて織れる工場は数少ない。
さまざまな糸の組み合わせでも織ることができる。太い糸を複数同時に用いて織れる工場は数少ない。

前掛けの生産地にたどり着くまで、約半年。

やっとの思いで見つけた場所が、愛知県豊橋市でした。

早速、豊橋に向かうと70代の職人の方々が中心となって前掛けを作っており、日本で最後に残った前掛け生産地であることが分かりました。しかし、そこで職人の方に言われてしまったのは、「一般的に私たちは定年だ。そろそろみんなで工場を畳もうと言っていたところ。だから君は前掛けより、Tシャツをやった方がいいぞ。」という言葉でした。

私はこの時、前掛けという歴史をここで途絶えさせるのは勿体ないと感じました。伝統と歴史を引き継ぐことが日本の財産になると思ったんです。

また私自身、辞めろと言われて辞めるような性格ではなく、人がやってないことが面白いと思える性格なので、そこにこそビジネスチャンスがあると思いました。

それから、約100年前のシャトル織機8台を譲り受け、2005年から本格的に前掛け専門店として再スタートさせました。

豊橋前掛けファクトリー内の様子。約100年前のシャトル式織機で、その都度糸調子を変えながら、1枚ずつ織っていく。
豊橋前掛けファクトリー内の様子。約100年前のシャトル式織機で、その都度糸調子を変えながら、1枚ずつ織っていく。

人との出会いが成長のカギに

——今や国内外からのお客様が豊橋の前掛けファクトリーを訪れ、世界的人気の映画シリーズ「007」の衣装にも使われるなど、世界からも注目を集めています。海外展開に関して、これまでの約24年間は順風満帆でしたか。

海外では最初の10年くらいは全く売れず、従業員に売上を報告できないような状態が続きました。

一人でニューヨークの店舗に飛び込みで営業したり、とりあえず展示会に参加してみたりと、振り返ると、「点」で終わるような仕事の仕方でした。その時は一瞬だけ注目されるだけど、継続的な売上には繋がらない感じです。それでも周りは十分だと言うけど、自分は満足していませんでした。

転換期が訪れたのは、2013年。

ロンドンでラーメン屋をオープンする経営者の方が、前掛けを発注してくれました。すると、そのラーメン屋の店舗デザイナーの方から、「ヨーロッパで絶対売れます。ロンドンでは前掛けがとても人気ですよ。手伝いますからヨーロッパの展示会に出ましょう。」と強く言われました。その後押しがきっかけで、同年10月、トップドロワーというイギリスの展示会に初めて出展すると、アメリカの展示会とは比べ物にならないほどの売れ行きで、3日間で20件の成約をとることができました。


結局のところ、現地の視点で、現地の空気を知っている人じゃないと、現地のマーケットは分からない、ということを身をもって学びました。

ロンドンでの展示会の様子。ジャケットに前掛けという組合せは目を惹きます。
ロンドンでの展示会の様子。ジャケットに前掛けという組合せは目を惹きます。

——現地のことは、現地の方の声を聞くことが一番、ということですね。

なので、展示会では、ブース周りの出展者たちともよく話をするようにしています。そこでは、質の高い現地の情報を得ることができます。また、展示会の合間には一日でも一時間でも、「人に会いに行くこと」を意識してやっています。展示会の後に名刺交換した人のお店に訪ねたりしながら繋がりを作っています。展示会は一つのきっかけで、新しい人間関係が作れる場所だと考えています。

——まさにエニシングの企業理念である「人と人との出会いからすべては生まれる」を体現されていますね。 特に印象的な人と人との出会いはありましたか。

特に印象的だったのは、前掛けを通したフランス人男性との偶然の出会いです。

パリ郊外にあるショップから、前掛けを売りたいと発注があったので、展示会の帰りにそのショップへ訪問することにしました。すると、エニシングの前掛けをした男性が出迎えてくれたんです。なぜ前掛けをすでに持っているのか訊ねてみると、そのフランス人男性は通訳として頼まれて来たショップのオーナーの友達で、数カ月前に偶然行った鳥取県の酒屋さんで前掛けを一目惚れして買ったんだと、嬉しそうに前掛けを見せながら教えてくれました。

前掛けを通して、国境を越えてつながった出会いに、心がとても熱くなりました。

左の男性と前掛けを通してフランスでつながる。出会いに感動。
左の男性と前掛けを通してフランスでつながる。出会いに感動。

——国境を越えて、そして歴史を超えて、前掛けは人と人をつなげる力がありますね。

前掛けは何十年ももつので、その様な出来事に出くわすことが多いです。歴史をまたぎ、時空を超えて仕事ができることは、やりがいになります。また、個人と個人にエネルギーが伝わるような、そんな思いのある商売をしたいと常に思っています。

カラフルなコラボレーション前掛けとオリジナル商品の数々。
カラフルなコラボレーション前掛けとオリジナル商品の数々。

熱い想いを紡ぎ続ける「織物のまち」へ

——益々の発展に期待が膨らみます。今後はどんなことに挑戦していきたいですか。

これからのエニシングに必要なことは人材の育成です。若手職人を育てることと同時に、営業人材を育てることが必要だと思っています。営業人材に関しては、英語が話せることを前提として、「伝えて売る」ことができていれば、売れていく市場は自ずと見えてきます。そのためにファイナンスは必要となりますが、新人を採用して、チームを作り海外販売部門を作るなど、製造と販売どちらも強化が必要だと考えます。

また、日本の伝統的な産業を日本の価値として残していきたいです。

最近では廃業が増えています。日本の価値だと思っていても、織機のような古い機械は人手もお金も掛かるので、ビジネスにならないと思って誰も手を出しません。古い機械が鉄くずになるのは非常に勿体ないですし、ビジネス的にみても、伝統産業を残すことは日本の大きな財産になると思います。

このことに共感する多くの若者たちが集まり、海外からも多くのバイヤーが訪れるような「織物のまち」を、ここ豊橋で実現できたら面白いなと思います。

様々なコラボレーション前掛けと西村社長。前掛け以外にも鞄やジャケットなどの商品も。
様々なコラボレーション前掛けと西村社長。前掛け以外にも鞄やジャケットなどの商品も。
自然に囲まれたエニシングの豊橋前掛けファクトリー
自然に囲まれたエニシングの豊橋前掛けファクトリー

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関東経済産業局 公式note