ロボット導入・DXで変わる介護現場 日本のノウハウを世界へ

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2024年9月6日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

経済産業省が「経済産業政策の新機軸」を公表したのは、地政学リスクの高まりや気候変動への対応などから産業政策が重要性を増し、GX、DXで世界が大きく変わり始めた2021年。具体的な取り組みも進み、「国内投資の拡大」「賃金の上昇」といった潮目の変化も生じている。ただ、いわゆる「失われた30年」で染みついたコストカット型の縮み思考の払拭はそう簡単ではない。

そんな中で2024年6月、経済産業省産業構造審議会・経済産業政策新機軸部会は「第3次中間整理」を公表。「新機軸」によって、人口減少下でも一人ひとりの所得や自由な時間を増やし、「国民の生活がよりスムーズで、心地のよい新たな生活へと発展し、豊かな社会が実現する」という将来見通し・シナリオを描いてみせた。

今月の政策特集は、「新機軸」の方向性を体現する先進的な取り組みを紹介しながら、「その先にある未来」を展望する。第1回は高齢化が進展する中、重要性を増している介護産業。「新しい健康社会の実現」という「新機軸」が掲げるミッションに向けて、ロボット活用、DX、海外市場を見据えた展開など、介護現場で起こり始めている変化に迫った。

支援ロボット、行動検知センサー…。利用者に快適さを提供、職員の負担も軽減

東京の空の玄関、羽田空港に程近い東京都大田区東糀谷。海老取川のほとりに、どこか高級リゾートホテルを思わせる外観でたたずむのが、社会福祉法人「善光会」が運営する複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」だ。

「多様な人種と文化が融合し『サラダボウル』と称される米国サンタフェ市に倣って、高齢者、障害者、そのご家族と私たち職員が互いを尊重し合って、共生していこうという思いを込めた施設です」

善光会理事で最高経営責任者兼統括施設局長の宮本隆史さんは、こう語る。ここには、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、障害者支援施設が同居し、様々なテクノロジーが利用者の快適な暮らしをサポートしている。

足腰の弱った利用者をベッドや椅子から車いすに移す時には、「移乗支援ロボット」が力を発揮する。ほぼ寝たきりの人、足腰は弱っているものの上半身は比較的自由になる人、利用者の状態に応じて、種類の違うロボットが支援にあたる。

ベッドには、眠りの状態を計測できるセンサーシートが敷かれ、起きているのか、眠っているのかなど、心拍、呼吸のデータとともに一目で把握できる。天井には行動検知センサーが取り付けられ、転倒などのリスクに備えている。

更に、フロアにはセグウェイが配置され、現場を駆け回っていると1日で2万歩に達するという職員の負担を軽減している。

宮本隆史さんの写真
宮本隆史(みやもと・たかし) 社会福祉法人「善光会」理事・最高経営責任者兼統括施設局長。株式会社「善光総合研究所」代表取締役社長。2007年、善光会入職。現場の介護職、マネジメント業務を経て、グループホーム、特別養護老人ホームの立ち上や介護ロボット機器のプラットフォーム「SCOP」の開発、「スマート介護士」資格の創設、「善光総合研究所」の設立などを主導。政府のデジタル行財政改革会議課題発掘対話にも有識者として参画している

業務の「見える化」に着手。記録や見回りなどの業務を省力化

こうしたロボットの導入、DXを中心となって進めてきたのが宮本さんだ。「高齢化が進む中で労働人口が減っていくのが目に見えている中で、何かしら持続可能性を高める取り組みをしなければ」と、トヨタ式の『カイゼン』を参考に業務の見直しを始めた。

入職してわずか3年目、現場のリーダーとなった2009年のことだった。まずは業務の「見える化」に着手した。

「具体的には、職員が利用者と直接関わる『直接介護』、利用者の状況を記録したり洗濯・掃除したりといった『間接業務』、食事介助や夜間の見回りなどの『間接介助』の大きく三つに分けられた。2009年時点で、『直接介護』の業務比率は、60%程度でした」

そこで目指したのは、「間接業務」や「間接介助」をできるだけ省力化し、「直接介護」の業務比率を高めていくことだった。

「60%を70%、80%と上げることができれば、コストを抑えつつ質の高いサービスを提供することができる。人件費は一定程度抑えつつ、職員一人ひとりの給与は高くできるという状態を作り上げることができるのです」

移乗支援ロボットの画像
利用者の移動を手助けする移乗支援ロボットの導入で職員の負担は大幅に軽減された

自らプラットフォーム開発。日本医療研究開発大賞を受賞

そのために善光会は、自らシステム開発にも乗り出す。介護現場では、職員がフロアを歩きまわり、利用者が食事や水は摂れているか、薬は適切に飲めているかなど、メモを取り、その内容を台帳に転記し、更にパソコンで入力するという作業を繰り返していた。

この繰り返しのムダを省くため、善光会が開発したのがクラウド型のプラットフォーム「Smart Care Operating Platform(SCOP)」だ。

メモを取る代わりに、携帯用のタブレットに利用者の状況を入力すれば、そのままシステムに反映され、一目で利用者の状況を共有することができる。宮本さんはSCOPの開発によって、2021年に「第5回日本医療研究開発大賞AMED理事長賞」を受賞している。

「SCOP」がタブレット端末やスマホに表示された様子
善光会が自ら開発した「SCOP」。タブレットで手間暇を掛けることなく、利用者の状況を入力・共有できる

「SCOP」の画面
利用者に関する申し送り事項も「SCOP」で共有(※画像クリックで拡大)

人材不足解消目指し、スタートアップ創業。ノウハウの横展開目指す

ロボット導入、DXで、介護現場はどのように変化していくのか。

厚生労働省の推計では、2040年には介護人材が約57万人不足すると言われている。ただ、善光会が展開している取り組みを横展開していくことで人材不足は解消できると、宮本さんは断言する。

「現在は利用者2人に対して1人を配置しているのが介護施設の平均です。これを2.5人に1人でオペレーション可能にすれば57万人の不足分は解消できます。善光会の施設では既に2.81人に1人を実現しています」

善光会は介護現場のロボット導入、DXを進めるために2013年に介護ロボット研究室を設置しているが、さらに「善光総合研究所」として株式会社化。宮本さんが代表取締役社長を務め、スタートアップとして「より自由かつスピーディー」な事業展開を目指している。

既に500を超える事業所で導入されているSCOPについて、更に販売・開発を進めるほか、デジタル技術に関する専門性をもった介護士を養成するため、「スマート介護士」の資格を創設し、経済産業省、デジタル庁の後援を得て資格試験を実施している。更には、「『2.5対1』を可能にするオペレーション」を普及させるためコンサルティング事業にも力を入れている。

宮本さんが話している様子
「『日本の介護』を世界に普及したい」と話す宮本さん

「日本の介護」を世界に輸出。「これから5年間が非常に重要」

介護現場の効率化、生産性の向上を通じて、利用者にとって心地よく職員にとって働きやすい現場づくりに奔走してきた宮本さん。今、介護事業の未来をどのように展望しているのか。

「僕は介護を輸出産業にしたい。日本は『課題先進国』として他の国に先駆けて高齢化に対応してきました。欧米や中国、他のアジアの国々が確実に高齢化していく中で、AIやビッグデータ、クラウドといったテック領域×介護を事業としてパッケージ化する。データやエビデンスをきちんと取ったうえで、『日本の介護』を世界に普及したい」

その上でこう締めくくった。

「モタモタしているとあっという間に追い越されてしまいます。どこまで日本の介護を生産性高く、質の高いものにできるか。これから5年間が非常に重要だろうと思っています」

【関連情報】
経済産業政策新機軸部会(METI/経済産業省)

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