社会をデザインで革新する 「台湾デザイン研究院」の実装活動

台湾のデジタル行政の先進性は、オードリー・タン デジタル担当大臣の言論等によって知れ渡っているが、デザイン行政においても画期的な実装例が展開されている。「WDO世界デザイン会議」で来日した、デザイン行政の指揮をとる台湾デザイン研究院の張基義院長から、同院の施策について聞いた。

張基義(チャン・ジーイー) 台湾デザイン研究院 院長

台湾の首都台北では、2011年と2016年に大きなデザインイベントが開催された。これにより、国際的発信力の面から行政がデザインへの認識を改め、より高く評価するようになり、その姿勢が地方に広がった経緯を持つ。

そして、蔡英文台湾総統による「デザインの力を産業革新と経済発展のために活用することが、最も重要なソフトパワーとなる」との宣言とともに、2004年に設立されたデザイン振興機関「台湾デザインセンター(TDC)」が、デザイン行政を担う上位の機関「台湾デザイン研究院(Taiwan Design Research Institute、TDRI)」に2020年に改組・昇格した。

元台東県副知事であったこともあり、行政との調整力にたけている張院長は、「現在の総統と官房長官はデザインへの理解が高く、デザイン政策を重要視しています。デザインは、台湾の価値観や文化的魅力を表現し、海外で存在感を高めるとともに、観光を含め大きな産業になると理解しているからです」と語り始めた。

TDRIは、経済部(経済産業省に相当)に属しながらも各省庁と横断的に連携し、様々な重要なデザイン政策を担っている。年間予算約40億円(TDC時代の3倍弱)、職員約190名の規模に拡充している。職員の半数はデザインのバックグラウンドを持ち、残りは法律やビジネス、技術系の出身だ。

台湾デザインの未来図を描く

張氏は言う。「TDRIは、台湾デザインの強みと弱みを調査し、そこから33の戦略と122のアクションプランを策定し、台湾デザインの未来の青写真を作成しました。また、台湾内のデザイン事務所と企業のデザイン部門の概要や、国際展開、人材採用、デザイン投資などを調査・分析し、10の重要課題と81のデータ項目を提示することで、政策立案の礎に必要な関連情報を整備するなどシンクタンク機能も強化しています」。

さらに「TDC時代は、デザイン展やアワードなどのプロモーション業務が多かったのですが、TDRI昇格後はデザインだけでなく、より多くの人が関わる『パブリック』や『ソーシャル』、さらに『企業におけるイノベーション』の3つを柱にして活動しています。最も大きな変化を起こせたのがパブリック領域です。それはこれまでデザインが導入できなかった領域であり、インパクトや変化を実感しやすいからです。この3年間で鉄道やバスなどの交通分野をはじめ、教育、選挙など、100件以上のデザインプロジェクトを実現し、大きな成果をあげています。また、地方のデザインの拠点となる『デザインセンター』の設立支援や、デザインによる地域産業の活性化もTDRIは積極的に行っています」と続けた。

グランドデザイン策定を始め、各省庁の政策立案時に、TDRIからデザインプロジェクトの提案を行い、実施運営まで関与する。また、TDRIが各省庁間の連携ハブとなり、分野横断的な統合を図り、公共サービス領域の価値を一気に高めている。

予算の使い方も変えたと言う。「展示会やアワード運営などのイベントベースの業務がTDC時代は多かったのですが、現在は経済部の予算も『デザイン主導型クロスオーバー統合イノベーション・プログラム』という枠組みとし、事業内容をフレキシブルにアレンジできるようなに変えました。また最初は小規模予算のプロジェクトでも、成果がでれば次年度からは経済部の予算とは別に、教育部や交通部など他省庁の予算を得ることもでき、より大きな規模で実施できます。こうした連携も院に昇格したから実現可能になったのです」。

公共サービスのイノベーション

「TDRIがやろうとしているのは、『デザインをする』のではなく、『デザインの定義を新しくし提案すること』なのです。そこにこそ私たちの価値があるのです」と張氏は力を込めて語る。

具体例を聞くと「選挙においてデザイン導入を始めました。台湾には約900万部配布する『選挙公報(住民投票の案内書)』があり、従来のものは文字組みが読みにくく、情報を速やかに理解できなかったことを受け、公選法の厳しい規格制限とのせめぎ合いを続け、わかりやすくデザインした媒体に変えました。また投票順をイラストで説明し、理解促進に繋げました。更に2024年1月にある総統選では、政見放送のインターフェースのデザインも私たちが変えます。今後は投票箱や投票ブースなどを含め投票におけるUX(体験デザイン)も変えていく予定です。これらは投票率を上がることが目的であり、小さなことかもしれませんが、大きな影響力があると思っています」。

台湾で約900万部配布される「選挙公報(住民投票の案内書)」。公選法の厳しい規格制限とせめぎ合いつつ、わかりやすくリデザインした。投票所においてもデザインを導入、投票順をイラストで説明し、理解促進に繋げた

保健所のリニューアルでは、分野を超えたデザインチームを編成し、公衆衛生の現場を最適化するための標準化されたデザインコードを確立し、安心感を高め美観とサービスを飛躍的に向上させた。

2023年からスタートした裁判員制度導入にあわせ、司法院と連携し、法廷の空間デザインを白と木を基調とし、開放感や透明感、温かさが感じられる空間に順次変えている。

また、交通部鉄道局と共同で、台湾最古の鉄道駅である新竹駅を、インテリアを含めたリノベーションで生まれ変わらせた。他にも台北MRT中山駅などでも、多数のデザイナーがサポートし、 乗客や駅係員などのユーザーの視点から、システム化や統合化などを図り、駅としての一体感を高めることに成功している。

司法院と連携し、裁判員制度導入にあわせ、法廷の空間デザインを開放感や透明感、温かさが感じられる空間に順次変えている(左)、台北MRTと連携し、乗客や駅係員などのユーザーの視点から、システム化や統合化などを図る(右)

さらに、台湾初となるデザインと教育部のコラボレーションとなる学校のキャンパスをクリエイティブな環境に変える「Design Movement on Campus(學美・美學)」プロジェクトは、建築家とデザイナーが協力し、教室や廊下、食堂、サイン計画などを、大胆なリノベーションによって、学習環境を一変させている。初年度の参加校は9校だったが、5年経ち台湾全土約80校に広がっている。

学校のキャンパスをクリエイティブな環境に変える「學美・美學プロジェクト」

「毎年20件の採択枠に約300校から応募があり、採択されるとその地方行政が『自分たちの学校が選ばれた』と誇らしく思ってくれるプロジェクトになってきました。これは、インテリアデザインのプロジェクトではありません。生徒と先生が一緒になり、課題を見つけ解決策を一緒に考える、それ自体がデザイン思考を元にした教育プログラムなのです。手法はマニュアルにまとめていますので、採択されなくても自分たちでリノベーションするケースも増えています」。

都市のデザイン力の指標づくり

現在、TDRI が注力している一つが「都市のデザイン力の指標づくり」だ。 これは、経済・社会・環境問題の解決に向けたデザイン力の活用を促進するため、都市のデザイン力を指標化し、各都市は自身のデザイン力の現状や発展可能性を検証し、デザイン力強化のための戦略立案に活用できるように構想したものだ。

経済・社会・環境問題の解決に向けたデザイン力の活用を促進するための「都市のデザイン力の指標」。
18項目の指標を設定し、既に台湾の22都道府県の10年間のデータによる検証が行われている

18項目の指標を設定し、既に台湾の22都道府県の10年間のデータによる検証を行った結果、デザインの取り組みが積極的な都市は、政治への満足度が高く、産業発展にも繋がっているという結果を得た。この指標を世界中の都市が活用できるようにアプリケーション化を進めている。

また、中央政府と地方都市が共同主催、TDRIが企画運営を担当する「台湾デザインエキスポ」を毎年秋に各地で開催している。2022年は高雄市で大規模に開催し延べ600万人、2023年の新北市では17日間で延べ 658万人を動員した。高雄市の開催実績は関連推定消費額約230億円に達するなど地域経済への貢献も大きい。

中央政府と地方都市が共同主催、TDRIが企画運営を担当する「台湾デザインエキスポ」。2023年開催地の新北市では延べ658万人を動員

「ここ数年で地方都市の行政関係者の姿勢がデザインを重要視するように変わってきました。そこには日本のグッドデザイン賞の影響も大きく、今年度も様々な地域行政が応募をしています。10月のグッドデザイン賞受賞祝賀会に、台東県知事と嘉義市知事が自ら来日したのも、そうした状況にあるからです。今後は継続的はデザイン支援を行うために、地方のデザインセンターの設置支援や、デザインに理解する人物を地方行政機関の意思決定権者に登用するなど、デザインを推進させる仕組みづくりに努めていきます」と、最後に張氏は語った。

WDO世界デザイン会議で「都市のデザイン力の指標づくり」をプレゼンテーションする張基義院長。この指標を世界中の都市が活用できるようにアプリケーション化を進めている