事例から見る 広報・コミュニケーションの問題での問いの立て方

広報プロフェッショナルを養成する社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科では、どのような学びに取り組んでいるのか。今回は、組織内広報を例に、課題を見定める力、問いを立てる上での考え方について掘り下げる。

「問いを立てる」能力の重要性

コミュニケーション戦略を専門とする国内唯一の専門職大学院「社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科」の社会人院生は、日々「コミュニケーションの本質」を捉えるための学びに取り組んでいる。

本学に限らず専門職大学院とよばれる教育機関の目的は、実務で培った経験知と学術理論を融合するなかで、経営課題や社会課題の解決を図るための能力を養うこととされる。専門職大学院制度が「技術の進歩や社会・経済のグローバル化に対応できる高度専門職業人(各分野のプロフェッショナル)の養成」という目的のもと設けられたことに鑑みると、こうした教育が提供されることは当然ともいえる。

もちろんそれ自体に間違いはないが、開学以来一貫して社会人教育に取り組む本学としてはひとつ見落とされている観点があるように思える。それはすなわち、「解決しなくてはならない(解決可能な)課題自体を構造化する能力」もまた、現代社会の高度専門職業人には強く求められているということだ。VUCAのような考え方を援用するまでもなく社会課題は複雑化の一途をたどっており、単に最新のテクニックや理論を身につけるだけでは太刀打ちできない、課題の解決に至らない状況にあるといえる。

なかでも「広報・コミュニケーション」の分野は、とくに課題を見定めることが困難であると考えられる。その理由を端的に述べるならば、情報環境がめまぐるしく変化し、複雑性を増す状況においては「コミュニケーションの受け手」をシンプルに理解したいという欲求に抗うことが困難であるためだ。例えば、昨今は「Z世代」といった言葉が流布しているが、世代という切り口のみで人の特性にラベリングするような行為は、単純化したいという欲求の表れといえる。しかし、こうした考えが広がると「対象となる属性に応じたテクニックさえ磨けば結果はついてくる」という誤った認識をも醸成してしまいかねない。

仮説に基づいて「なぜ」を繰り返し、時には仮説自体の信憑性を疑いながら思考を深めていくことで、
解決の余地のある課題にたどり着く。

「具体化」と「すり合わせ」

それでは、こうした込み入った状況で「問いを立てる」(フレーミングする)ためにはどのような視点が必要なのだろうか。

本学の大学院生は多様な課題意識を持って大学院への進学を決意する。なかでもコミュニケーション担当者の重要課題として多くあがるのが、組織内広報(インターナル・コミュニケーション)だ。近年、急速に関心を集めている人的資本を含む非財務情報の開示が求められる現状において、ますますその関心は高まってきている。

この課題については、「どうすれば当社の組織内広報がうまくいくか」という問いの立て方が最もポピュラーであるようだ。しかしながら、これに回答を与えるのは至難の業といえる。なぜならば、この問いでは、「組織内広報がうまくいった状態」、ひいては「組織内広報で何を実現したいのか」が不明瞭であるためだ。まずは自社において「うまくいった状態」が何を指すのか措定することからはじめる必要がある。これは担当者が一人で考えることではなく、部門内、あるいは経営者との「前提のすり合わせ」が必要だ。

しかしながら現在の産業界においては「広報」の定義、また各企業においてはその所掌事項でさえ統一的な見解がつくられているとはいえない。コミュニケーション実務の領域には「用語法の統一がなされていない」という大きな課題があるのだ。部門内でさえ「組織内広報」の理解にズレが生じていることも少なくないだろう。このような「自身が前提とする言葉の捉え方が他者にも共有されているか」という視点は常に持っているべきといえる。

なお、「うまくいった状態」について考えるうえでは、しばしばいくつかの誤解がみられる。たとえばそれを「会社が活性化する」、「社員が生き生きと働く」と言い換えたとしても、それらは必ずしも「具体化されている」とはいえない。同様に、それは「精緻なKPIをはじめに定めなければいけない」ということを意味するわけでもない。KPIには目的との対応関係が必要であり、当然「すべての組織内広報が従業員への満足度調査で測れる」ということはあり得ない。極端にいえば、組織内広報の目的が「経営者の要望に応えるため」ならばその測定指標は「経営者の満足度」でよいはずだ。

「どうすれば」から「なぜ」へ

「どうすればよいのか」という問いを立てる際、我々はつい「こうすればよいのだ」という明確な答えを期待してしまう。しかしながら、コミュニケーション課題の解決策が単純ではあり得ないことは先に述べた通りだ。

そのような状況で役に立つのは、「なぜ」から問いをはじめることだ。「なぜ○○という目的を達成するために組織内広報を行わないといけないのか(なぜ他の方法ではいけないのか)」、「なぜ当社の限られた人員で組織内広報を行わなければならないのか」、「なぜA社と同じ取り組みをしているのに当社ではうまくいかないのか」など、ほかにも様々な問いが立てられることだろう。

この点、「なぜ」からはじまる問いについて考えるためには、自ら「仮説」を立てることが必要だ。仮説に基づいて「なぜ」を繰り返す、時には仮説自体の信憑性を疑うといった形で思考を深めていくことで、いずれボトルネック、すなわち解決の余地のある課題にたどり着くはずである。そこではじめて「どうすれば」を考えることができるようになるのだ。もちろんこのことを考えるために、他者との「すり合わせ」が効果的であることは言うまでもないだろう。

大学院で問いを精緻化する

ところで、自組織において「なぜ」を突き詰めていく際には、「コミュニケーションに関する知識の不足」と「対話する仲間の不足」という問題に直面する場合がある。

たとえば本稿の例でいえば、そもそも「組織内広報」という概念がどのように論じられてきたか、これまでに何が分かっていて何が分かっていないのか、といった情報なしに「当社の組織内広報」について考えることは不可能だ。しかしながら、しばしば指摘されるように、国内では広報担当者の育成はOJTに依るところが大きく、この領域の理論を体系的に修める機会は必ずしも多くない。また、そもそも「ひとり広報」では部門内で議論する余地はないし、「すり合わせ」をするにも、視点がタコツボ化してしまっていることも考えられる。

図 「組織内広報」の課題を構造化する「問い」の例

そしてこれらはそのまま「なぜ広報やコミュニケーションを学ぶ大学院が必要なのか」という問いへの回答となるだろう。

 

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会構想大学院大学 専攻長・准教授

 

社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科
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