バーチャルとリアルのレースで、eスポーツと自動車の未来に貢献

カーレースゲーム「グランツーリスモ」の世界王者がリアルレースでも優勝。そんな映画や漫画のような話が現実にある。日本初のeスポーツレーサー兼リアルレーサー、冨林勇佑。稀有な才能はもちろんだが、現在の活躍に導かれたのは、環境や重ねた経験が大きいのだと語る。

文・油井なおみ

 

冨林 勇佑(eスポーツレーサー兼リアルレーサー) 撮影協力/GR Garage トレッサ横浜

抜群の運動神経と負けん気で
ポテンシャルを高めた少年時代

初めてレースを見に行ったのは、0歳の頃。物心ついたときには車もレースも好きで、保育園の卒園時に残した将来の夢は「アルテッツァレースのドライバーになりたい」。

プロレーサーの登竜門といわれたトヨタ アルテッツァの人気レースがスタートしたのは2000年。冨林勇佑は4歳だった。このレースは2005年で一旦終了し、冨林の環境も成長に伴い変化したが、根底の思いは変わらなかった。

「両親がレースをやっていたので、その影響は大きいですね。『レーサーになる』とずっと言っていましたし、憧れを持っていたのは事実です。ただ、自分にとって一番好きなのは友達と遊ぶこと。一緒に遊んでいた友達がみんなサッカーを始めるというので、自分もサッカーを始めたんです」

当時は車よりサッカーのゲームをやることの方が多かったという。

「週末は家族でレースを見に行っていましたが、車のゲームについては新しいものが発売されたらやる程度。今でこそ速いAIもいますが、当時はそこまでレベルが高くなかったし、オンラインゲームなどもなかったので、敵キャラを倒すと飽きちゃうんですよね」

ところが2007年夏、小学5年生で観戦した鈴鹿のレースで、レースゲーム『グランツーリスモ』のイベントに参加すると全国2位に。大学生や高校生などゲームをやり込んだ世代が大半を占める中での受賞に注目が集まった。

「公の場でゲームをするという経験は初めてでしたし、上位3位までに入賞すると、実車のプロのレーサーと対戦できたんです。非日常的な体験ができて楽しかったですね。当時は今よりもっとゲームはゲーム、本物は本物という位置づけだったので、逆にプロのレーサーに負けることはなかったです。もともと目立ちたがり屋なので、いろんな人からめちゃめちゃちやほやしてもらって(笑)、うれしかったのを覚えています」

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