世界の課題解決をチャンスに 脱炭素が導く地域の発展
地球温暖化にブレーキをかけるために、世界各国が2050年の二酸化炭素排出実質ゼロを目指す。日本でも、利用できる再生可能エネルギーは豊富にあり、化石燃料価格の高騰は導入を検討する良い機会だ。地域では積極的な省エネ・再エネ設備投資で光熱費を半減できる可能性がある。
事業構想大学院大学が2022年9月に開催したウェブセミナー「官民連携で共創する脱炭素型まちづくり」。産業技術総合研究所主任研究員の歌川学氏はその基調講演で、地域における脱炭素の取組が、その地域の活性化につながる可能性を示した。
地域の排出構造特性を
ふまえた対策が重要
地球温暖化が進むと異常気象や生態系・農業の破壊が世界的に継続、拡大していく懸念がある。その影響を抑えるために、工業化前の平均気温比の気温上昇を1.5℃未満に抑制したいというのが、現在の国際社会の目標だ。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は「そのためにはCO2排出量を2019年比で2050年までにゼロに、中間年の2030年までにほぼ半減させることが求められ、この10年の対策が非常に重要になります」と報告した。
世界約140カ国が2050年の排出ゼロを目標に掲げているものの、世界のCO2排出量は今なお増加している。ただ、対策が進んでいる先進国、特にヨーロッパ各国では日本より高い経済成長で2020年に1990年比で25~45%削減している。日本はそれにくらべると10%削減にとどまっており進捗は遅い。温室効果ガス削減目標として2013年比で2030年には46%削減、2050年には排出実質ゼロを掲げている。「全国で約750の自治体が2050年CO2排出実質ゼロを宣言していることは前進であり、今後はロードマップとそれを実現する政策が課題となるでしょう」と同氏は指摘した。
日本におけるCO2の排出割合をみると、消費側では産業部門が34.0%と最も多く、運輸部門の17.7%、業務部門の17.4%が続く。都道府県別で部門別の排出割合をみると、コンビナートの多い大分県は産業部門などが8割以上を占め、オフィスの多い東京都では業務部門が約4割と最も多いことから、地域の排出構造特性を調べて対策を取ることがポイントとなる。
地域における脱炭素対策
2つの柱
地域における脱炭素対策は省エネと再生可能エネルギーが柱になる。
「まず省エネでエネルギー効率を上げ、その上で再生可能エネルギーへの転換を進め化石燃料をゼロにしていく姿が望ましい」という道筋を歌川氏は示した。このうち省エネについては、既存のものの更新時にエネルギー効率の良いものを導入することが重要と述べ、設備機器に関しては「オフィスや家庭では照明のLED化や省エネエアコン・冷蔵庫その他省エネ機械への更新」、建築に関しては「できるだけ高レベルの断熱建築」、輸送に関してはクルマの買い替え時に「燃費のいい車、できれば電気自動車」へ置き換えることでエネルギー消費を大幅に減らしていくことができることを強調した。
再生可能エネルギーを増やすにあたっては「再生可能エネルギーの発電所を地域の企業、地域の人々が自ら設置していくこと」、そして「企業や家庭で買っている電気について、再生可能エネルギーの割合の高い小売会社、メニューを選ぶ」という2つの方法を提示した。その場合、全国にそれだけの供給量があるのかという懸念に対しては、環境省が「消費量の7倍以上の再生可能エネルギー電力の可能性がある」という推計値を示している。「日本は再生可能エネルギー資源に大変恵まれた国であり、乱開発を防ぎ有利なものから選んで割合を高めていくことが必要です」と歌川氏は述べた。
また、脱炭素対策を進めていくうえで気になるのがコストだが、対策はコスト削減と両立する。電力では国際再生可能エネルギー機関によると、2021年時点で太陽光発電を含む大半の再生可能エネルギー発電コストが、設備費などを含めた比較で火力発電コストを下回っている。「日本は世界に比べて高めだが、それでもここ数年の化石燃料価格の高騰で火力と比べ太陽光、風力の方が安くなっている。地域で再生可能エネルギーを導入することが経済的にも有利であることがわかる」と述べた。投資回収期間では省エネ対策はさらに有利で、トータルコストでとらえると、省エネ機器や断熱建築などの省エネ商品はそうでない商品に比べ初期投資こそ高いが、省エネ商品は毎年の光熱費を低く抑えられるため、多くは投資回収できる。建築はやや長い。トータルコストで比べると省エネでないものを購入し使い続けるよりずっと安く抑えられるとも述べた。
日本の発電コストの比較
再生可能エネルギー発電のコストは日本でも低下し、火力コストは上昇傾向にある。現在の化石燃料価格高騰が続くなら、火力より太陽光・風力の方が同じか安い(出典:経済産業省総合資源エネルギー調査会発電コスト検証ワーキンググループ、発電コストレビューシートより歌川氏作成)
・2022年の燃料費価格は財務省貿易統計の2022年6月の燃料輸入価格を使用。
・設備利用率は石炭火力とガス火力が60%、石油火力が30%。発電効率は石炭火力と石油火力が40%、ガス火力が53%とした。
・炭素税はIEA国際エネルギー機関の世界エネルギー見通しのシナリオ想定にあわせて2020年には17ドル/トン、2030年には30ドル/トンとなっている。この炭素税は日本で導入されていない。外国為替レートは1ドル=130円で試算した。
脱炭素が地域にもたらす
経済的なメリット
歌川氏は西日本にある人口1万人ほどの実在する町を例に挙げ、エネルギー消費量とエネルギー起源CO2排出量を推計したデータを紹介。更新時に省エネ設備、断熱建築、電気自動車を導入していくことでエネルギー消費量を2050年には2017年比で半分以下に、省エネ・再エネの取り組みでエネルギー起源CO2排出量をゼロに抑えられることがわかった。
また、この町では、エリアで消費する電力よりも、域内で生み出すことができる再生可能エネルギー電力の方が何倍も多いということもわかったという。大都市に近くて住宅やビルが密集しているところや、大コンビナートが集積している一部のエリアを除く多くの自治体で年間電力を域内再エネでまかなえる可能性があり、また新技術でなく今の技術と改良技術の普及で脱炭素の目標が達成できる可能性を示した。
歌川氏はさらに、脱炭素の取り組みを地域の企業・主体が担うことで地域に経済的なメリットをもたらすことについても言及した。まず、脱炭素対策で人口1万人の町で年間数十億円単位の光熱費を半分に抑えることができる。また、断熱建築を地域の企業で施工し、省エネ機器、省エネ車の導入についても地元企業が企画・取次を行うことで域外へのお金の流出を抑えることができる。再生可能エネルギーの発電、熱利用についても地元企業・住民が設置することにより売電収入も地域で得られることになる。
「省エネ、再エネの対策費は光熱費削減分で賄うことができ、そのうえで地域に産業を起こし、雇用を創出できる。地域によっては人口減の歯止めになる可能性を持っていると言えます」と脱炭素がもたらす経済効果を強調。加えて脱炭素社会への転換の取り組みは、断熱建築の普及によるヒートショ ックの防止、公共交通の充実で交通弱者対策にもつながるなど地域の課題解決につながる側面についても触れた。
最後に歌川氏は、省エネ対策や再エネの導入をはじめとする脱炭素の取り組みを円滑に進めるためには公的で中立な専門情報の提供が有効だとし、市町村が県や国の協力を得ながらエネルギー事務所を設立し、研究者や地域の専門家・実務家に協力を求める体制整備の必要性を提言した。