奈良県・山下真知事 新産業政策で奈良の潜在力を引き出す

奈良県初となる民間出身の知事として、2023年5月に当選した山下真知事。それまでの県の政策を見直し、時代に合わないと思われる施策は中止するなど、抜本的な改革に取り組んできた。就任から約1年が経った現在の県政改革の進捗や今後のビジョンについて、山下知事に聞いた。

山下 真(奈良県知事)

県政の抜本的改革を推進
子育て支援では公約の8割を実施

――知事就任から、約1年が経ちました。これまでの県政改革の成果をどのように捉えられていますか。

2023年、私は5選目を目指す現職の知事を破って当選しました。私が知事に立候補した大きな理由の1つに、それまでの県の政策に対して疑問を持ったことがあります。前知事が進めていた政策の中には、社会や経済のニーズに合致している、将来を見据えているとは言い難いものが含まれていました。そこで知事就任後は、まずそのような政策を止めることから始めました。中止した政策の中には、五條市のゴルフ場跡地のような、すでに用地を買収済みの事業もありましたので、そうした用地を今後どのように活用していくのかといったことにも取り組んできました。

私の公約の重点分野である子育て支援と教育支援については、財源が確保できたものから順次実行に移した結果、現在、公約の8割ほどを実施することができました。

県庁の働き方・職場環境改革にも着手しました。県庁が上意下達の組織から、自由闊達で風通しの良い組織に変われば、現場に躍動感が生まれ、新たな政策が出てくるはずです。 職員もやりがいを感じながら仕事ができるでしょう。

大きく言うと、この3つに取り組んだ1年でした。

企業約170社の声を反映した
「新しい産業政策のパッケージ」

――現在、注力されている産業振興の取組についてお聞かせください。

奈良県の製造品出荷額は、全国で39位です。上場企業は7社しかありません。奈良県の主な産業には薬や靴下などがありますが、いずれも中小企業が主体で、産業のポテンシャルという点では、そう大きくはないと考えています。

奈良県の産業力を強化するには、県の政策が企業経営者の目線に合致したものでなければなりません。それを確認するために、2023年夏から200社を目標に、県内企業・団体のトップレベルから集中的に県職員に御用聞き(ヒアリング)をしてもらい、経営戦略や事業環境の課題等についてお聞かせいただきました。その結果、明らかになった企業のニーズや課題を踏まえ、「8つの柱」から成る「新しい産業政策のパッケージ」を打ち出し、2024年度予算案等に関連事業を盛り込みました。

「新しい産業政策のパッケージ」の8つの柱

出典:奈良県

 

「8つの柱」とは、①人材確保の抜本的強化、②用地確保と先進的なグリーン化、③生産性向上と新規事業への強力な支援、④行政対応の不満・ボトルネック解消、⑤新たな成長のフロンティア(海外展開)、⑥重点的な外国人材の呼び込み、⑦企業価値を次世代につなぐ事業承継、⑧スタートアップへの新たな支援、です。

「①人材確保の抜本的強化」では、例えば企業にテレワークでもできる仕事を切り出してもらう等の職場環境改善を行ってもらい、それを仕事から離れて家にいる方々の「スキマ時間」に行っていただく仕組みの構築を構想しています。子どもが保育園や小学校に通うようになり、時間に少し余裕ができたので、自分が持つスキルを活かして家計を助けたい。あるいは、社会貢献で充実感を得たい。でも今は、フルタイムでは働きにくい。このような方々と、人手不足で困っている企業を県が仲介する仕組みです。最大2カ月のお試し期間を設けて、その間の給与は企業と県が半分ずつ出します。試してみて、続けられそうならそのまま継続し、続けられないと思えばそこで中止します。中止になっても、企業の負担はお試し期間にかかった人件費の半分だけになります。

「③生産性向上と新規事業への強力な支援」では、奈良県内での投資を一層加速させるため、企業立地促進補助金について、雇用要件を廃止するなどの大幅な見直しをしました。要件の緩和とともに補助金の額を増やし、既存企業の事業拡大および県外企業の県内への誘致にも力を入れています。

「④行政対応の不満・ボトルネック解消」では、各企業に県職員を担当者として割り当て、県庁内の横の調整をその担当者が全て行う制度「まいど!県庁です!!」をつくりました。さらに、新たにCRM(Customer Relationship Management)システムを導入し、「まいど!県庁です!!」の担当者が集めた情報を、他の職員にも瞬時にPCで共有できるようにしました。

「⑥重点的な外国人材の呼び込み」では、一次産業や二次産業の人手不足を補ってくれる外国人労働者を、就労環境と生活環境の両面から支援します。外国人の方に、奈良県で働くことにメリットを感じてもらい、働く場所として選んでもらうための施策です。

「⑧スタートアップへの新たな支援」としては、奈良発スタートアップを生み出すために、高度な研究を行っている奈良先端科学技術大学院大学や奈良県立医科大学の研究成果を起業に結びつける取り組みを考えています。

このように、企業ニーズや企業が抱える課題のうち、行政にしかサポートできないところを「8つの柱」として掲げ、取り組みを始めています。

スマホやPCで各種申請ができる
「奈良スーパーアプリ」を構築

――行政のDXにおいては、どのような施策に取り組まれていますか。

奈良県庁内はフリーアドレス化(自由席制)を進めています。電子データを文書管理システムで管理することで、職員は県庁内外のどこにいても県が貸与しているPCからデータにアクセスすることができます。これにより業務を効率化して、フレキシブルな働き方を実現しようとしています。

「県民向けには、スマートフォンやPCから各種申請ができる「奈良スーパーアプリ」を構築しました。例えば学校関連の手続きやこども・子育て関連サービスの情報提供、県施設の予約などができます。県民や企業への支援情報なども発信しています。このシステムはまだできあがったばかりですが、今後は市町村に対する申請も順次、PCやスマートフォン等でできるようにしたいと思っています。

「奈良スーパーアプリ」の住民用トップページ。スマホやPCから各種申請が可能

(仮称)奈良県脱炭素戦略策定へ
脱炭素・水素社会推進本部を設置

――奈良県のカーボンニュートラルへの取組についてお聞かせください。

カーボンニュートラルには、2024年度からこれまで以上に力を入れています。この6月には、知事を本部長、副知事を副本部長、全部局長を構成員とした「脱炭素・水素社会推進本部」を県庁内に設置し、第1回本部会議を開催しました。今後の本県の脱炭素・水素施策の方向性を定める「(仮称)奈良県脱炭素戦略」の今年度中の策定を目指し、全庁的に取り組みます。

再生可能エネルギーの普及拡大については、好条件の補助金を用意しました。それを活用して太陽光発電を普及させたいと考えています。

水素エネルギーの利活用に関しては、水素の製造・供給・活用という3つのフェーズを集約した先行エリアを創出したいと考えています。このエリアでは、水素製造拠点及び水素ステーションを整備し、水素を使用したバスやトラックの導入促進を行い、熱源として水素を活用する工場を増やすなど、水素エネルギー活用で課題とされている需給バランスの取れた水素エネルギーの利活用を目指し、今年度から本格的に取り組みを進めていきます。

飛鳥・藤原の宮都を世界遺産に
中南和エリアの観光を活性化

――現在、奈良県では「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の世界遺産登録を目指されています。登録による観光産業振興や、今後の地域活性化への期待についてお聞かせください。

飛鳥や藤原の頃から律令国家を目指す取り組みが始まりました。平城京に遷都する前の藤原京(橿原市)と、その前の飛鳥宮(高市郡明日香村)は、我が国で中央集権体制が萌芽した都だと言われています。そういう意味では非常に歴史的価値の高い場所になりますが、これまで京都や奈良の史跡ほど注目されてきませんでした。我が国の始まりの地として歴史的価値が非常に高い飛鳥・藤原の宮都を保全する意義は大きいと思っています。

上(左右)/飛鳥宮跡(明日香村)。7世紀に建設された4時期(飛鳥岡本宮、飛鳥板蓋宮、後飛鳥岡本宮、飛鳥浄御原宮)の宮殿遺跡 下左/石舞台古墳(明日香村)。一辺約50mの方墳で、墳丘の上部は失われ、横穴式石室の巨大な天井石が露出している。一説には蘇我馬子の墓であるとされる 下右/牽牛子塚古墳(明日香村)。7世紀後葉に築かれた、東アジアでは他に例を見ない日本独自の八角墳
画像提供:世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議

世界遺産に登録されれば、保全に対するさまざまな支援が受けられます。また、それを観光資源として活用することで、観光産業や地域の活性化につながります。ですから、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の世界遺産登録はぜひ進めていきたいと思っています。この世界遺産登録が実現すれば、奈良県には世界遺産が4つあることになります。現在は、本県、岩手県、鹿児島県の3県が、それぞれ世界遺産を3つ有する県として全国で同数一位ですが、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」が世界遺産に登録されれば、本県が単独首位になります。そのような意味でもがんばって進めたいです。

藤原宮跡(橿原市)。律令制度に基づく中央集権国家が日本で誕生したことを証明する宮殿遺跡。約1キロ四方の宮殿があり、その周囲には約5キロ四方の都城である藤原京が広がっていた
画像提供:世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会

奈良県には、外国人を含めた観光客がたくさん来訪されます。しかし、大半の方々が観光されるのは奈良公園周辺で、飛鳥や藤原まで足を延ばす方は非常に少ないのが現状です。そこで、中南和地方を周遊するような観光を活性化したいと考えています。

本県の観光産業における課題は、アクセスと宿泊施設です。特に宿泊施設は少なく、客室数は全国44位と非常に低いです。そうしたなか、星野リゾートが2026年を目途に明日香村に新しいホテルをオープンする予定です。それを機に、他のブランド力のあるホテルなどの宿泊施設がたくさん立地してくれればいいなと思っています。

アクセスについては現在、JR東海がリニア中央新幹線の名古屋以西ルートの駅位置選定に向けた作業に入っており、本県でもボーリング調査を始めたところです。早期にルート及び駅位置が確定されるように、県としても推進の立場で調査を支援したいと思います。

 

山下 真(やました・まこと)
奈良県知事