新治療と皆保険、イノベーション 共存共栄を実現する保険制度とは

国民皆保険制度の下、健康・長寿を実現してきた日本。ここで再生医療を実装するためには、医療保険制度の在り方に大きな変化が必要になる。事業構想大の「再生医療で描く日本の未来研究会」で、公・民の医療保険の役割分担や、新しい治療技術の値付けの在り方を議論した。

新しい治療を国民に届けるため
制度転換を国が打ち出す

「再生医療の動向」のテーマで講演した厚生労働省事務次官の伊原和人氏は、最近の政府の動向を紹介した。まず2024年の骨太の方針の中で「保険外併用療養制度の在り方の検討」の言葉が盛り込まれ、あわせて、新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画の中では「有効性評価が十分でない最先端医療等について、国民皆保険の堅持とイノベーションの推進を両立させつつ、希望する患者が保険診療の対象となるまで待つことなく利用できるよう、保険外併用療法の対象範囲を拡大する。併せて患者の負担軽減・円滑なアクセスの観点から民間保険の活用も考慮する」と、保険診療と保険外診療の併用に関し、具体的な方向性が示されたと解説。

伊原 和人
厚生労働省 事務次官

日本の医薬品産業が実現すべき目標である「創薬力の強化」と「ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスの解消」のためには、新しい在り方が必要とされているとした上で、「バイオ医薬品・再生医療による治療には、患者数が少ない希少疾病用のものが多く、中には、1億円を超える高額なものもあります。これを『高額だから、自己負担で』とか『民間保険でまかなうべき』と割り切ることはできないと思います。国民皆保険の理念を踏まえ、費用対効果も考えつつ、公的医療保険との役割分担の中で考える必要があります」と語った。

民間保険会社の立場からは、東京海上日動火災保険個人商品業務部ヘルスケア分野専門部長の小坂雅人氏が再生医療との関係を説明した。「日本の民間医療保険は、例えば『入院1日につき5000円を給付』といった定額給付タイプが主流でした。保険外併用療養費制度の対象が拡大していけば、先進医療特約のように自己負担に当たる部分を保険で支払う、実費保障のニーズに対応する保険商品が出てくるのでは」との見解を示した。

小坂 雅人
東京海上日動 個人商品業務部  ヘルスケア分野専門部長

生きている細胞を使い、条件を満たす高度な施設で生産され、患者に投与する際の手間もかかる再生医療は高額になる。これに、民間保険がどのように対応するのかについては「保障対象、保障限度の設定、安定的な運営の要素を踏まえ検討する必要があります。再生医療全般を、無条件で保障対象にするのは難しいでしょう」と小坂氏は指摘する。海外の事例として、英国の民間医療保険会社であるBUPA社は、NHS(国民保健サービス)での提供前やNICE(英国国立技術評価機構)の推奨前であっても、エビデンスがあれば画期的ながん治療薬や治療法について実費を支払う仕組みを設けていることも紹介した。

いかにして価格を設定するか
条件・期限付き承認は必要

医療経済学を専門とする慶應義塾大学教授の後藤励氏は、再生医療などの革新的な医療技術の価格付けの考え方について話した。まず、脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」を例に、日本と各国の対応の違いを紹介した。

後藤 励
慶應義塾大学教授

ゾルゲンスマは日本では2020年3月に製造販売承認され、5月に薬価基準の収載がなされた。一方で、EU各国では承認から推奨(償還)が決定するまでにおよそ1年かかっている。後藤氏は、「日本における償還の判断は迅速でした」と高く評価した。

欧州では、薬価を決める際に、社会保障費への影響が大きいものなどについては保険者である国と企業の間で値引き交渉がなされる。新しい治療については、効果のエビデンスが出るまでは限定的に償還され、治療の効果が確認できた後で公的医療でカバーすることを正式に決定したり、効果によって薬価の調整を行ったりするペイフォーパフォーマンスの事例も多いという。

衆議院議員で医師の国光あやの氏は、医系技官として厚生労働省に在籍していた時の経験から、再生医療と医療保険制度のあるべき姿について講演した。国光氏は、条件・期限付き承認でハートシートを保険適応(2024年7月に承認整理、販売終了)した際の担当であったことを踏まえ「再生医療等製品の特性から言っても条件・期限付き承認は必要」とした上で「審査プロセスや承認後の評価は継続して見直す必要がある」とした。また、価格を決める際には、再生医療等製品の開発コストや効果を反映した価格算定を行い、安全性を担保したうえで保険外併用療法を活用して患者が選択できるようにしていくべき、と述べた。今後は、「国民と企業と皆保険の三方良しを実現し、そこに民間保険を活用できるよう環境整備に取り組みたい」という。

国光 あやの
衆議院議員・医師

公・民の保険が補いあうのが理想
国民が判断するためのデータを集める

4人のプレゼンテーション後の議論では、再生医療における公的医療保険と民間保険の理想的な役割分担が話題になった。日本総合研究所理事長の翁百合氏は、民間保険の活用の重要性に触れ「その活用のためには臨床のアウトカム情報などのデータが不可欠ではないか」と指摘。これに対し、伊原氏は「フランスでは公的保険を補完する役割を民間保険が果たしている。両者を相補的な関係としていくのは検討課題だ」と述べた。また、小坂氏は、民間保険のスキーム設計で不可欠なデータについて「がん以外の疾患については罹患率のデータがほとんどないのが現状。各方面の協力を得ながらデータが得られるようにしていきたい」とした。

独立行政法人医薬品医療機器総合機構理事長の藤原康弘氏は「日本の保険医療制度は、承認のところで、全てを公的医療保険でカバーするか、あるいはまったくお金を出さないかのゼロイチの判断しかない。米国の公的医療保険制度を所管する保健福祉省メディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)が、“Coverage with Evidence Development”という制度で取り入れているように、市販後も保険外併用療養費制度を適用して、臨床試験やレジストリー研究を通じてエビデンスを蓄積していく仕組みを導入してはどうか」と評価のあり方について提言した。

このほか、国光氏は「限られた財源の中で、ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスにどのように対応するかということも含めてしっかり現状を伝え、国民のアドボカシーを喚起することが必要」と世論への周知の重要性を強調した。これを受け伊原氏は、「新しい治療法ができた時に、皆でお金を出し合った保険で支払うのか、個人が負担するのかを決めるのは国民の選択の問題。その判断の基盤となるデータを集め、評価していく仕組みが必要」と語った。

国立医薬品食品衛生研究所薬品部長の佐藤陽治氏は「再生医療の中でも、保険導入に向けての評価を行うことを前提とした『評価療養』については、先進医療をゴールとするのか、薬事承認をゴールとするかでデータの品質保証のレベルも変わってくる。それをふまえ、開発段階のデータの取り方やその評価について、どう設計すれば規制当局に受け入れられるのかのコンセンサスをつくる必要もある」とし、そのための議論の場を設けるべきと訴えた。