欧州サッカークラブで日本の価値を再定義 DMMが挑む事業革命
ベルギーサッカー1部リーグ「シント=トロイデンVV」の経営権を持つ合同会社DMM.com COOの村中悠介氏。「事業として成立させる」という明確な視点で欧州サッカークラブを経営し、日本人選手の価値を世界水準で評価される環境構築に挑戦してきた。現状の140社以上から更なる拡大を目指すユニークなスポンサー戦略と「日本の良いものを世界へ」という事業哲学の根底にある発想について、村中氏に話を聞いた。

試合前のオーナー同士の食事会文化
欧州ならではの繋がりからシント=トロイデンVV継承に
「当初、シント=トロイデンVVは買収候補ではありませんでした」。
合同会社DMM.com COOの村中悠介氏にサッカーチーム事業参入へのきっかけを聞くと、意外な返答が返ってきた。「なんでもやっている」事業会社としての同社には、スポンサードという発想ではなく、「自分たちでやったらどうなるか」という視点のみが存在した。
当初、DMMは別のベルギークラブを検討していた。しかし交渉は難航。行き詰まりを感じていた時、欧州サッカー独特の文化が転機をもたらした。試合前に行われる両クラブの公式昼食会に参加した村中氏は、偶然同クラブの関係者と出会う。
「ヨーロッパには試合前に関係者同士で食事をする文化があります。その時の相手がシント=トロイデンVVでした」。
その縁から、前オーナーが所有する同クラブとの交渉が開始。ベルギーでは当時、元日本代表の川島永嗣氏(当時スタンダール・リエージュ所属)や現アルビレックス新潟所属の小野裕二選手(当時シント=トロイデンVV所属)が活躍しており、オーナーも日本に対して好印象を抱いていたという。事業としての可能性を見出していたDMMの思惑と一致し、初めてのヨーロッパのサッカーチームの日本人経営がスタートする。
「場所が変われば評価も変わる」
日本人選手と欧州の舞台を結び、事業性も確保
DMMが実践した事業モデルは明快だった。当時低めに評価されていた日本人サッカー選手の市場価値を引き上げ、移籍金収入やパートナー収入を活用しクラブの経営を安定化させる事だ。
サッカー選手の市場評価額には技術レベルそのものだけでなくプレー実績が大きく影響する。当時日本人選手は、一度規模の小さい欧州のクラブで出場機会を得て活躍してから市場価値を上げてステップアップしていくケースが多く、日本サッカー界は構造的に不利な立場に置かれていた。
かつてFC東京でゼネラルマネージャーを務めていた立石敬之氏が実現した、長友選手の移籍例を挙げながら、村中氏はこう語る。
「インテルが最初から長友選手と契約すれば、理論上はFC東京にも多額の移籍金が直接入ってきたわけですが、インテル側が知らなかったわけです。ヨーロッパの舞台に出たから、イタリアの強豪クラブで活躍出来るという評価がされました。長友選手がチェゼーナに所属したのは約半年です。場所で人の評価も価値も変わる象徴的な例と言えます」。

買収から約8年が経過し、当初の目論見は実を結びつつある。そして日本人選手の活躍により市場価値が上がれば、チーム強化だけではなく日本サッカー全体の強化に繋がる。
実際に、シント=トロイデンVVには過去26人の日本人選手が在籍したが、そのうち9人が日本代表選出された。富安健洋選手(現アーセナルFC所属)や遠藤航選手(現リヴァプールFC所属)等のワールドクラスの代表選手も多数輩出。クラブを強化しつつも、日本人選手の受け皿として機能してきた実績は確かだ。
事業の次なるステージ
欧州の大舞台への挑戦と結果に左右されない経営の両立
しかし、参入当初と比べベルギー国内の外部環境は激変した。当初はベルギー国内企業が主流だったオーナーシップが、今では外資系企業が半分近くを占める状況になったのである。
「参入当初とは違い、海外から投資がたくさん入ってきています。私たちとしては先行で入ってきた立場なので読みは当たっていましたが、競争は激化しました」と説明する。

リーグ全体の底上げが行われている中で次なる目標は明確だ。それは「欧州舞台を見据えた成長を視野に入れる」 (村中氏)事だ。ベルギーのチームは上位に進出すると、UEFAカンファレンスリーグ、UEFAヨーロッパリーグ、そしてUEFAチャンピオンズリーグ(以下、UCL)といった欧州サッカー最高の舞台への挑戦権を得る事が出来る。これらの大会に参加する事が出来れば、放映権料収入の増加やクラブのブランド向上という形で事業成長の大きなチャンスが待っている。
「UCLに出るだけで桁違いの収益があります。一つのクラブの事業規模と同じくらいの利益を得る事が出来ます」。
これは逆の意味で言えばサッカークラブ経営が結果に左右されやすい事を示しているわけだが、一方で同クラブは事業として競技上の結果に左右されない経営構造を持つ、稀有なサッカーチームの一つだ。
その象徴に同クラブを支援する日本企業は140社以上にも上り、パートナーとして新たな取り組みを行っている例も多数存在する。同クラブはこのスポンサーやパートナーの輪をさらに広げていきたいと考えている。
「Jリーグのクラブは地域と強く結びついています。一方、私たちは日本全国、ロケーションに依存しない形での協力が可能です」と村中氏は話す。
日本各地から継続的に支援を受けられている背景には「サッカー日本代表を強くする」という明確な目的とその実績がある。支援自体がクラブの強化ひいては日本サッカー界の強化に繋がる為、同じ想いを持つ経営者や企業が集まってきているという。共通目標への共鳴が現在のクラブ経営に繋がっているわけだ。
サッカーだけではなく「日本のいいもの」の拡散
スポーツの枠組みに留まらない構想
村中氏の視線はサッカーだけに留まらない。
「日本にあるもので、海外でもっと高く評価されるものは世の中たくさんあります」と語る。
アート、日本食、音楽等、領域は多岐にわたる。特にアートは「飾る場所で価値が変わる」点がサッカービジネスと同じ本質を持つと村中氏は見ている。
この発想はDMM.com全体の事業哲学とも通底する。「事業ドメインを決めない」アプローチで可能性を広げ続ける。
サッカークラブという「場所」を通じて日本の価値を再定義する。同社のサッカー事業革命は、日本での事業構想を考える上で貴重な示唆となるかもしれない。


- 村中 悠介(むらなか・ゆうすけ)氏
- DMM.com 取締役 最高執行責任者 COO
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