進化する音響・映像の構想 ── ヒビノが描く未来のライブと社会価値

創業以来、日本の音響・映像業界を牽引してきたヒビノ株式会社。海外アーティストの来日公演や国内の大型コンサート・イベントを支え、現在は放送局設備やLEDディスプレイ製品の開発、防音技術まで、事業の幅を広げている。代表取締役社長・日比野晃久氏は、創業者から事業を引き継ぎ、上場企業としての成長を推進してきた。技術と信頼を軸に拡大を続ける同社の歩みと、次代に向けた構想を聞いた。
テレビの修理屋から世界のステージへ
ヒビノの歴史は、テレビの修理・販売業から始まった。創業者はテレビの修理や自作販売する傍ら、10代の頃から手掛けてきた音響機器に情熱を注ぎ、真空管アンプやHi-Fi音響装置を自ら製作。ちょうどジャズ喫茶が隆盛を迎えていた時代で、同社の機材は多くの店舗に導入された。やがてアメリカ製の舞台音響機器と出会い、その優れた音質に惚れ込み、輸入製品に舵を切った。
転機となったのは海外アーティストの来日公演である。武道館など大規模会場での音響を担当したことで、ヒビノの技術は「日本で最高の音を出す会社」として広く知られるようになった。ブランドは自然に確立し、国内アーティストからも厚い信頼を得ていった。
「聴く」体験を「観る」感動へ
1980年代、同社は新たに映像事業へ参入する。当初は「コンサートに映像は不要」と業界から否定的な声もあったが、日比野氏はライブ体験を変革できると信じた。スクリーンを使った映像演出は、東京ドームなど大規模会場で観客の視認性を高めることから、4大ドームの完成とLEDディスプレイの登場を背景に瞬く間に定番となる。
「かつて人々は音を“聴きに”コンサートへ行きました。今は誰もがコンサートを“観に”行くといいます。耳と目を同時に刺激する体験こそ、ライブの魅力を最大化します」と日比野氏は語る。挑戦は失敗も伴ったが、業界に先駆けて新しい価値を生み出したことで、ヒビノの存在感は一層高まった。
上場と危機のはざまで
2002年に日比野氏が社長に就任。上場を果たした2006年以降は順調に成長したが、リーマンショックでは為替変動により大きな損失を被った。さらに2020年のコロナ禍では、ライブイベントがすべて中止となり、サービス事業の売上が一時的に蒸発した。
それでも同社は持ち前の技術力と信用で危機を乗り越える。「現場で失敗は許されない。その緊張感が、われわれの信頼を支えています」。不況や外部環境の変化を経ても、技術への徹底したこだわりが企業を存続させてきた。
社会を支える舞台裏
ヒビノの特徴は、機器販売とイベントサービスを併せ持つ事業構造にある。ライバルであるはずの同業者にも機材を販売し、業界全体を支える存在となっている。国の式典や国際会議、博覧会、モーターショーなど、多様な社会イベントでも同社の技術は活用されてきた。
「音と映像は、人間の情報取得の大部分を担う要素。人が集まる場において、最良の体験を提供するのがわれわれの使命です」と日比野氏。コンサートや式典といった一回限りの特別な時間や体験を成功させることは、社会基盤を支えることに直結している。
蜂の巣に学ぶ経営構造
日比野氏が描く経営構想の一つが「ハニカム型経営」だ。大企業のように一本柱に依存するのではなく、小さくても独自の強みを持つ事業を多数束ねることで、全体として大きな力を発揮する。
「売上10億円規模でも、世界一の技術を持つ会社がある。そうしたニッチトップを集めれば、100社で1,000億円規模の強固な集合体になる。蜂の巣の六角形が集まって軽くても壊れにくい構造をつくるのと同じです」。
この考えは、バブル崩壊後に日本の大手メーカーが競争力を失った姿を見て培われたという。一本柱に頼る構造は環境変化に弱い。だからこそ、個性と強みを持つ中小企業を組み合わせることで、しなやかで強靭な企業グループをつくる。ヒビノはその「蜂の巣型」のネットワークを実際のM&Aや新規事業を通じて形にしてきた。
広がる技術応用──ライブから都市空間へ
現在、同社グループが注力するのは、音響・映像・照明・制御・ネットワークのシステムインテグレーションである。会議室や放送局設備の高度化、リモート会議や制御システムの需要は高まっており、世界的にも成長分野だ。さらに、騒音対策やデータセンター向け電磁波シールド、ストレージなど、新たな社会課題に対応する領域にも技術を応用している。
また、AIを活用した映像制作の可能性も模索中だ。「現場でのAI活用はまだ始まったばかりですが、若手の柔軟な発想力と組み合わせれば、新しいステージ演出が生まれるはずです」。
ライブエンターテインメントという原点を守りつつ、社会に求められる新領域へ挑む姿勢こそが、ヒビノの「進化する構想」である。
「未来は分からない。だから動け」
最後に、未来の経営者に向けて日比野氏はこう語る。
「未来は分からない。だからこそ動き回り、人と出会うことが大切です。運は出会いから生まれる。ネットではなく、リアルでのつながりを大事にしてほしい」。
人と人が集まり、共鳴し合う場を支える同社の姿勢は、これからの時代においても大きな示唆を与えている。
