再生医療の産業化と医療への貢献 国民理解の向上がカギに

日本が再生医療で世界をリードしていくための構想を考える「再生医療で描く日本の未来研究会」の第5回会合が12月22日、東京都内の事業構想大学院大学で開かれた。最終回の今回は「国民の理解向上」をテーマに、3氏が講演を行った。また、5人の常任委員がこれまでの議論を総括した。

東京・青山の事業構想大学院大学で「再生医療で描く日本の未来研究会」第5回会合を開催した

先端の治療・技術・価値を
国民に適切に伝えていくために

研究会の5回目の会合では、東京医科歯科大学 副学長(日本再生医療学会 顧問)の森尾友宏氏が、「先端の治療・技術・価値を国民に適切に伝えていく取り組み」のテーマで講演。冒頭で「ヒト細胞原料の安定供給に向けた委員会成果報告書」における2000人を対象にした調査を紹介。医学研究や医療技術への関心については高い一方、再生医療やiPS細胞などの用語については知らない、聞いたこともない人が半分いた調査結果をふまえ「再生医療が社会に浸透していくためには、安全性と有効性があることをしっかり伝えていくことが重要」と述べた。

森尾 友宏
東京医科歯科大学 副学長(日本再生医療学会 顧問)

また、若い世代が、最先端の治療や、ヘルスケアの課題解決について発信する活動を行っている取組を紹介し、期待を込めたほか、「米国のように先端の医療をわかりやすく解説する、信頼度の高いメディカルジャーナリストのような知識伝達者が必要」と指摘した。

医療への期待と市民の
意識・行動変容に向けて

川崎市議会議長の青木功雄氏は、「地域からの活動報告~医療への期待と市民の意識・行動変容に向けた取り組み~」のテーマで講演。川崎市は政令指定都市中、地域面積が狭い中にライフサイエンス系を含め550の研究所が集まっており、市民と技術の連携が起きやすいのが特徴と紹介した。

青木 功雄
川崎市議会議長

2021年に、市内の中学1年生が渡米してCAR-T療法を受けようとしたもののかなわず亡くなったことなどをきっかけに、市民団体が絵本を作ってドラッグ・ロスについて考える取り組みを始めた事例を紹介。川崎フロンターレが試合の前にこの絵本を使ったイベントを実施し、有限な医療資源をどう使うかを考え方が広まりつつあることに触れた。「市内には再生医療の専門家もたくさんおられる。そのような方々と一緒に、救える命、新しい医療を感じながら、川崎の中で育て、日本や世界に広げていきたい」と話す。

続いて、日本放送協会(NHK)解説委員の籔内潤也氏が、「患者と医療者・研究者のすれ違いを減らすために」というテーマで現状を解説した。「再生医療や遺伝子治療で、失われた機能がたちまち取り戻せると期待する患者・家族もいる。医療や研究に関する情報を伝えるときには、有効な治療や研究について、早く正確に伝えると同時に、臨床現場に届くまでの距離感、すなわち『臨床試験をいつ始めるか』や『承認申請をいつ行うか』なども伝え、患者・家族が明日にでも使えると受け止める“偽りの希望”にならないようにすることが大事」と述べた。

籔内 潤也
日本放送協会 解説委員

また、民間の自由診療としてエビデンスのない治療が多く行われていることも問題と指摘。「誤った情報が出たときにファクトチェックして、それは間違っていることを伝えること、また、中途半端な理解で間違った情報が広がることも多く、『どこまで分かっていて、どこから分かっていないのか』を伝えることも大事」と伝えるうえでの注意点に触れた。

再生医療の産業化に向けて
解決すべき課題とは

今回の研究会では、5回にわたる研究会での議論を受けて、5人の常任委員が総括した。慶應義塾大学大学院経営管理研究科・健康マネジメント研究科教授の後藤励氏は、「医療経済・政策においてまず費用対効果を考えることが日本でもようやく活用されるようになってきた。ただし、費用対効果でわかることの限界を知り、それ以外にもし価値、評価すべきことがあればみんなで議論するのが医療経済評価の本質。それをわかりやすく示すという意味で我々の努力が足りないことが再認識できた」と振り返った。

日本再生医療学会理事長の岡野栄之氏は、「再生医療の実現に向けて何が必要か議論を通して解像度高く理解できた。幹細胞を研究している身としては、細胞の質の担保について、私が何とかしなければという思いを強くした。研究会の議論はAll Japanで再生医療を支えるという思いに基づいて進められていたのが印象的だ。今後も若手研究者にも加わってもらいながら継続すべき」とコメントし、議論の継続に期待を寄せた。

再生医療イノベーションフォーラム代表理事会長の志鷹義嗣氏は、「研究会を通じて、まず再生医療等製品の多様性や、既存の医薬品と違うところを理解してもらいたかった。その部分においてはできたと思っている。既存の規制やルールと現在の再生医療にはミスマッチがあるので、それを適時、適切に変えていくとともに、多様性をよく理解している企業も入って議論することが今後は大事になってくる」と語った。

日本総合研究所理事長の翁百合氏は、「患者さんの立場に立てば、本当に効果のある再生医療という治療法が出てきて、この選択はベストというところまで来ていることは大変心強い。産業面でも期待するところが大きく、スタートアップ支援やイノベーションをどんどん日本で起こしていかなければいけない。そのために人材育成は重要な課題だ」と産業化への課題に言及。

参議院議員の古川俊治氏は、「遺伝子欠損に対する遺伝子治療のような、効果がはっきり出てくる特異度が高い治療法の場合は良いエビデンスが出ている。iPS細胞由来の幹細胞のパラクライン作用を用いた脊髄損傷や心不全、脳疾患などの特異性が高くない治療法では、そのエビデンスをどう説明していくかがこれからの大きな課題になる。同時に、再生医療を育てていくには日本の財政力、資本力だけでは不安であり、海外からの資金をうまく活用することも含め、経済とイノベーション、そして値付けのあり方が、産業化に向けたこれからの大きな山になる。今後10年かけていい形で産業化できるように頑張っていかなければと考えている」と話し、議論を締めくくった。