不二家と寿スピリッツ 技とアイデアで幸福な時間を創造し続ける二つの企業

原材料やエネルギー、流通など、あらゆるコストが高騰する中、ケーキをはじめとする菓子のメーカーにとっては苦戦が続く。しかし、クリスマスや年末年始の書き入れ時を盛り上げるために、各社が努力を怠ることはない。長い歴史を持つ不二家、多くの老舗を傘下に持つ寿スピリッツは今、どのような戦略を描くのか。

不二家は、1910年11月、当時25歳だった藤井林右衛門によって横浜市元町に洋菓子店として始まった。12月にはさっそくクリスマスケーキを販売、藤井は翌年渡米して洋菓子事情を視察するとともに、あらためて本場の技術を習得している。戦後、一般家庭にも洋菓子が広がり、不二家も様々な製品を世に送り出していく。1950年には「ペコちゃん」のキャラクターが生まれ、翌年には「ミルキー」が誕生、1954年には「ポップキャンディ」と「パラソルチョコレート」、1962年には今なお続く「ルック」チョコレートが生まれた。翌年、フランチャイズ1号店が京都に開店、今日その数は300店を超える。

現在、ケーキなどを製造する洋菓子事業、レストラン事業、「ミルキー」や「カントリーマアム」などの菓子事業、「ネクター」などの飲料事業、キャラクターライセンス・通販事業などを展開、製菓事業が売上高の約7割を占める。製菓事業では、製品価格見直しや新規設備導入による生産性向上を図る一方、2004年設立の中国法人で新規設備によるグミ生産、キャラクター菓子受注生産に注力、2022年設立のベトナム法人の新工場も稼働するなど海外事業の伸長も目指す。洋菓子事業では新ビジュアル・アイデンティティ(VI)に基づく店舗改装を推進する一方で、毎月の行事などをモチーフにした「ショートケーキ12の色物語」など、不二家らしいアイデアを活かした商品開発を進めている。

寿スピリッツは、1952年、河越庄市が鳥取県米子市に設立した「寿製菓」を母体とする。同社はキャラメルや飴玉の製造、観光土産菓子の製造・卸で成長し、西日本から全国に販売網を拡大していった。今なお愛される山陰名菓「因幡の白うさぎ」は同社の商品である。1993年には、製造過程の見学もできる大型販売施設「お菓子の壽城」を設置、その好評もあって上場を果たし、北海道や東京進出を掲げて1996年には北海道に「寿チョコレートカンパニー」(現ケイシイシイ)、1998年には東京に「つきじちとせ」を設立。同年、寿チョコレートが設置した小売店「ルタオ」はたちまち人気ブランドとなった。「つきじちとせ」は2011年に「シュクレイ」として再スタートを切り、2016年に洋菓子の「フランセ」を買収、その工場を新たな製造拠点としている。

2006年、純粋持株会社として「寿スピリッツ」が設立され、シュクレイやケイシイシイなど多くのメーカーが傘下に入る形となった。現在、この2社が売上の約7割を占め、今年度はシュクレイの「東京ミルクチーズ工場」フラッグシップ店が「NEWoMan高輪」に出店、ケイシイシイの「ルタオ」が新千歳空港店、大丸札幌店にリニューアルオープンするなど、企業価値のさらなる向上を目指す積極的な出店攻勢が続く。11月には、シュクレイが“塩でお菓子をデザインする”という新たな方向性を打ち出した新ブランド「SALTRA」(ソルトラ)も立ち上げている。

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