CO₂を吸脱着する「DACプラ」で温暖化対策に貢献

15年間勤めた大手メーカーを退職し、CO2を吸脱着するプラスチック製品の開発・製造・販売を手掛ける会社を興した西原麻友子氏。製品のアイデアは会社員時代に自ら考案したものだが、事業化に必要なことは事業構想大学院大学で学んだ。目指すはユビキタスCO2回収社会の実現だ。

西原 麻友子
ベホマル代表取締役社長
(大阪校5期生/2023年度修了)

大気中のCO2を回収する材料で
中小企業の環境対策を後押し

2024年は桜の開花が遅く、東京でも久しぶりに入学式を桜が彩った。この冬は暖冬だっただけに、多くの人が気候変動を実感した人も多いのではないか。

気候変動はCO2などの温室効果ガスが一因とされる。2023年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)は化石燃料からの脱却に触れて話題を呼んだが、現実には世界のCO2排出量は増加し、平均気温も上昇を続けている。課題解決には排出抑制と同時に、大気中のCO2削減を進めなければならない。

そこで注目されているのがCO2を吸収するDAC(Direct Air Capture)技術だ。すでに一部プラントで採用されているが、設備投資が大きく、導入できる企業は限られている。そもそも多くの中小企業にとって環境対策は利益を生まず、重要性を理解していても、設備投資に踏み込みにくい。

西原氏が代表取締役社長を務めるベホマルは、こうした課題を抱える中小企業に対して独自開発の「DACプラ®」を提案する。

大気中のCO2を回収する粉末材料

「石油由来プラスチックのイメージが悪化し、プラ製品を扱う企業は頭を悩ませています。脱プラになると期待されているバイオプラスチックは様々な種類があって消費者にとって分かりにくく、材料機能上、簡単に置き換えることができません。当社が開発したのはバイオマス原料を使ったCO2吸収材の粉末で、これを樹脂に混ぜればCO2を回収するDACプラ®製品になります」

相性が良いのはポリプロピレンやポリエチレンなどのオレフィン系プラスチックで、レジ袋やシャンプーのボトルなど様々な製品に使われている。それらをDACプラ®製品にすれば、企業は特別な投資をせずとも事業活動でCO2回収に貢献できるというわけだ。

図1 ベホマルは委託製造したCO2吸収材をプラ業界に販売するファブレス企業として事業を展開する

提供:ベホマル

マーケティングや知財戦略など
MPDで得た新鮮な気づき

西原氏はもともと大手電子部品メーカーの研究職だった。職務上、論文や研究の情報に触れる機会が多く、そこでDAC技術のことを知る。

「CO2を吸脱着する粉末材料は10年ほど前に海外で発明されたのですが、工業的に使いづらく製品化には至らなかったようです。私は仕事で樹脂と機能性粉末を混ぜた材料を研究していたので、その粉末も樹脂に混ぜれば使えるのではと考えました」

大元の粉末は水に弱かったため表面改質を行い、樹脂に混ぜる工夫を重ね、期待する機能を発現するプロトコルを確立した。そこで社内で新規テーマ化しようと進めたが決裁がおりず、いろいろと試すも3年が過ぎた。大気中のCO2を回収する樹脂というアイデアは社外の人から「面白い」と言われるのに、社内では企画が進まない。社外と社内の評価が真逆であることに疑問を抱いた西原氏は、答えを求めて事業構想大学院大学へと進む。

「知財が専門の早川典重特任教授に相談したところ、ニーズを探索するためのフィールドリサーチを勧められました。樹脂メーカーを訪ねたほか、展示会に行ったり県の支援窓口で企業を紹介してもらったりして調査を進め、誰に何をどのように売るのか、事業の骨子を考えました。普段は研究室にいるので、工場を見学できたのも良い経験でした」

知財戦略だけでなく、マーケティングやブランディングも研究職には縁遠かったため、授業はどれも新鮮だった。同期の院生とのディスカッションも刺激となり、西原氏は入学から半年も経たないうちに自らの手で事業化する決意を固める。「会社には組織構造に基づく意思決定プロセスがあって時間がかかりますし、転職先で事業化できるとは限りません。それならば自分で会社を興そうと、と家族にも相談して決めました」と西原氏は振り返る。

アイデアを形にする事業構想の実践
大学院の縁も新たなチャンスに

西原氏は15年間務めた会社を退社し、2022年11月に株式会社ベホマルを設立した。

「CO2吸収材を樹脂に混ぜて使うところが独自のアイデアです。粉末の製造は委託先の工場が行い、ベホマルは一部企業として開発・製造・販売を担います」

拠点は立命館大学キャンパス内のレンタルラボを借りた。基本的な製法は決まっているが、安定性や耐久性、発色、コストなどに改良の余地があり、研究は引き続き行う。また、DACプラ®の商標登録や助成金の申請、ビジネスコンテストへの出場と様々なことに挑戦し、2022年度「関西みらい共同研究助成金」採択や、「第8回滋賀テックプラングランプリ」最優秀賞など、多数の結果を残している。

こうした前向きな姿勢は次なるチャンスを呼び込む。大阪校2期生の川田一力氏が代表取締役を務めるLED照明機器メーカーの株式会社FKKをはじめ複数の企業との協業が進み、2025年の大阪・関西万博に大阪の企業・株式会社IBSと共同出展することも決まった。

図2 大阪・関西万博に出展予定の装置イメージ(写真右)とその概念図。CO2が資源として循環する様子を表現する

提供:ベホマル

「DACプラ®はCO2を吸収するだけでなく放出することもできるので、吸脱着のイメージを伝えるために食器乾燥機と野菜の水耕栽培を組み合わせた装置を出展します。この装置が表現するのは、食器乾燥機の熱でDACプラ®の食器からCO2が放出され、そのCO2で野菜が育ち、再び食器がCO2を吸収するという循環です」

西原氏が思い描く未来図は、いつでもどこでも誰でもCO2回収に関われる「ユビキタスCO2回収社会」だ。

「研究開発においては性能の追求が最優先されがちです。しかし、これからの開発は性能と環境負荷のバランスが大切で、それを協力会社と一緒に実現していきたいですし、当社製品を通して地球温暖化対策に貢献できればうれしいです」