メディア業界 新事業・DXのカギは「脱ビジネスモデル」

紙媒体の市場縮小、情報発信や広告の手法の多様化などを背景に、新聞や雑誌をはじめとするメディア業界を取り巻く環境は大きく変化している。新規事業開発やDXに精通する松永エリック・匡史氏(事業構想大学院大学客員教授)に、メディア業界の未来を聞いた。

松永 エリック・匡史(事業構想大学院大学客員教授)

時代は"コンテンツ"
ビジネスモデル議論から脱却を

――紙媒体の市場縮小、情報発信や広告の手法の多様化などを背景に、新聞や雑誌をはじめとするメディア業界を取り巻く環境は大きく変化しています。多くのメディアが新規事業開発やDXに取り組んでいますが、松永先生はこの状況をどう見ていますか。

メディアの新規事業開発は、たいていビジネスモデルの議論になります。例えば新聞社は、ネットに大きくシフトすべきか、紙にこだわるべきかという議論をしています。私はビジネスモデルではなく、コンテンツの議論をすべきだと強調したいですね。

なぜなら、今は明らかに"コンテンツの時代"だからです。Netflixが成功したのは、サブスクリプションというビジネスモデルではなく、『House of Cards』を初めとしたオリジナルコンテンツを製作したからです。だからAmazon PrimeもHuluもこぞってオリジナルコンテンツを作り出したわけです。

一方で日本の4大メディアは、ネットのビジネスモデルに引きずられすぎです。今のネットメディアはタイトル主義、つまりキャッチーさで読者を大量に集めて収益を上げる、中身は二の次という考え方です。このタイトル主義は出版業界にも逆輸入されています。その結果、中身のあるコンテンツが本当に少なくなってしまいました。ただ、このようなコンテンツが疎かにされている状況は、むしろ既存メディアにとって大きなチャンスだと思います。幸いにも、優れたコンテンツを作ることができる人材は、既存メディアの中に沢山眠っていますから。

もう一つ注目したいのが、音声SNS「Clubhouse」の登場です。これまでメディアの世界は、媒体とそこで発信するタレント、そして読者で構成されていました。一方、Clubhouseはタレント・インフルエンサーだけではなく、全ての人がメディアになれるというモデルで、しかも無料で使える、非常に新しい試みです。しかし見方を変えると、誰もがメディアになれる時代は、質の高いコンテンツを作ることができる既存メディアにとって差別化の機会です。

メディア業界は衰退しているのではなく、むしろ、これからもっと必要になってくると思います。地方メディアにもチャンスが訪れています。東京からコストをかけて地方に取材に行かなくなったため、地方独自のコンテンツの価値が高まっているからです。地域に人を呼び込むためにもメディアとメッセージが必要です。もう一度コンテンツの価値を見直してほしいですね。

読者目線に立ち戻るべき

――コンテンツから新規事業を検討する場合、メディアはまず何から始めるべきでしょうか。

今、メディアに一番必要なことは、読者視点・ユーザー視点に立ち戻ってみることでしょう。

私はNetflixが登場したときにとても感動しました。なぜならば、完全にユーザー視点でコンテンツを作っているから。彼らは巨額の予算をかけて本当に面白い作品をつくり、テレビと映画の垣根を壊しました。でも、その垣根は製作者が勝手に作ったもので、僕たちユーザーはテレビも映画も関係なく、ただ面白い作品が見たかったんですよね。

Netflixのもう一つの凄さは、ドラマ作品のシリーズ全編配信をしたことです。当初、「毎週1話ずつ配信すれば課金ユーザーが増えるのに、なぜ全編配信するのか」と多数の疑問の声があがりました。しかしNetflixは「楽しみ方を選ぶのはユーザーだ」と意に介さなかった。徹夜で見ても、毎日少しずつ見てもいい。それはユーザーが決めることで、メディア側が決めることではないと考えていたのです。

一方で、日本のメディアは今、読者の視点に立っているでしょうか。ユーザーが心から買いたいと思うコンテンツを提供できているでしょうか。新聞はどれを読んでも似たりよったりの内容ですし、テレビや雑誌も同様でしょう。読者が本当に何を求めているのかを見つめ直すべきでしょう。

――例えば新聞の場合、どのようなアプローチが考えられるでしょうか。

ネットの情報に満足できない人に何を訴求できるかを考え、筋肉質だけど高額なメディアをつくるのはどうでしょうか。キャッチーではなくても中身は非常に濃くて、裏付けもとれていて、文章力も高く、思想もある。署名記事形式で、プロが情報に飢えたユーザーのための記事を書く。コンテンツに価値があればお金を出す読者は必ず存在します。例えば1人1万円の価格設定にすれば、一般の人は読めなくなり、他紙と完全に差別化できます。1万円の情報を生むために記者も燃えるはずです。売り方も変えて、エグゼクティブカンファレンスや高級人材会社と組んで、本当に情報に飢えている人を探し出すのもアイデアの1つです。

こうやって新しいメディアの姿を考えるのは、とてもワクワクしますよね。私は新規事業開発において、ビジネスモデルはあまり重要ではないと考えています。優れたビジネスは最初に面白いコンテンツやアイデアが存在し、それが共感や興奮を生んで拡散する。その後に初めてビジネスモデルの出番が来るのです。ビジネスモデルとは過去のベストプラクティスであり、なにかの後追いに過ぎません。それでは面白いものがつくれるはずがないし、とりわけ、メディアは頭でっかちになったら終わりですよ。

――ビジネスモデルは手段に過ぎないということですね。

DXも同様です。私はDXを、テクノロジーではなくてマインドセットだと考えています。テクノロジー発信で物事を考えると"枠"が作られてします。例えばAIならば、AIを使ってどんなビジネスや業務効率化を行うか、という考えになってしまう。そうではなくて、「これができたらいいな」という理想やアイデアがDXには必要であり、その実現のためのツールがテクノロジーです。真のDXは、根本から組織を変えなければ実現しません。特に大企業の場合、組織をまるごと変える必要がある。だからマインドセットなのです。

既存事業も儲かる新規事業を

――事業構想大学院大学・事業構想研究所はメディア業界に特化した新規事業・DX推進のプロジェクト研究を開始します。担当教員としてメッセージをお願いします。

私はこれまで数多くの新規事業開発やDX推進に関わってきましたが、その全てにおいて"既存事業を儲けさせる"という命題を立てていました。新聞ならば新規事業によって紙媒体も儲かる仕組みを考えます。既存事業は切り捨てるべきではなく、むしろ過去の蓄積こそが企業の差別化要因になるからです。

プロジェクト研究では、教える人・学ぶ人いう上下関係ではなく、フラットな関係性が理想です。新事業の構想づくりにとどまらず、実際に事業を立ち上げ、成功や失敗を評価するところまで持っていきたいですね。新規事業はトライ・アンド・エラーを繰り返すしか方法はありませんから。

新聞もテレビも雑誌も垣根を取り払い、皆の資源を持ち寄り、共感と直感をベースに組み合わせて新しいものをつくりたい。このプロジェクトをハブに、絶対に出会えなかった人同士が出会え思いつかなかったアイデアが創出されるはずです。

 

「メディア業界新価値創出プロジェクト研究」参加募集

本学は、地方新聞社・出版社・テレビ局・ラジオ局などを対象にした「メディア業界新価値創出プロジェクト研究」を開講します。担当教授の松永エリック・匡史氏や多彩なゲスト教員と共に、コンテンツ主体の新事業開発やDXを目指す1年間のプロジェクトです。3月にセミナー・説明会を開催しますので、ぜひご参加ください。


URL:https://www.mpd.ac.jp/events/mediaproject/
主催: 事業構想大学院大学 事業構想研究所

 

松永エリック・匡史(まつなが・エリック・まさのぶ)
事業構想大学院大学客員教授、青山学院大学地球社会共生学部教授、アバナードデジタル最高顧問