誰もが複業に挑戦し才能を活かせるエコシステム 構築を目指す

大手を中心に"副業解禁"に踏み切る企業が出てくるとともに、テレワークが浸透し"多様な働き方"が身近なものになっている。しかし、実際には企業側も社員側もノウハウが足りないケースが多い。こうした状況を改善し、"働き方の可能性を拡げる"サービスが動き出した。

誰もが"複業"に踏み出せる
ためのサービスを開発

働き方変革のコンサルティングからITシステムソリューションの提供、人材管理サービスなどを幅広く提供するパーソルプロセス&テクノロジー(以下、パーソルP&T)。同社では〈複業促進支援〉の実証実験を行っている。一人ひとりが"自らのキャリアを、自らでつくる"ことをコンセプトに、企業に所属する人材が"複業"をスムーズに行えるよう支援するサービスを開発するための実証実験だ。

本サービスの開発を主導しているのは、事業構想大学院大学 7期生の成瀬岳人氏。自らもコンサルタントとして複業をしながら書籍出版なども行う、テレワークや複業促進の専門家でもある。

成瀬 岳人(なるせ・たけひと)
パーソルプロセス&テクノロジー ワークスイッチ事業部
事業開発統括部 プロダクト開発MA推進部部長
総務省委嘱テレワークマネージャー(複業)
事業構想大学院大学 東京校 7期生(2019年度修了)

長引く不況によって終身雇用制が終焉を迎えるなか注目の集まる"副業"。しかし、副業を解禁した企業でもそのマネジメントは副業を行う本人に任せきりのケースが多い。現場の上司、また本人もどうするのが適切かわからないまま試行錯誤していることが多く、結局"副業は要領のよい人だけができるもの"となりがちだ。こうした状況をふまえ、成瀬氏が構想した〈複業促進支援サービス〉では、収入補填のための"副業"ではなく、キャリアの可能性を拡げる"複業"を広げることを目指している。複業のノウハウがない企業・社員でも一歩を踏み出すことができるような3つのサービスを提供する。

「本サービスでは、"変幻自在な自律的キャリア"と訳されるプロティアン・キャリアの理論に基づき、①キャリア資産の可視化、②セルフマネジメントの支援、③複業情報のキュレーションによるサポートの3つを柱にしています。キャリア資産とは、『LIFE SHIFT』の著者であるリンダ・グラットン氏が提唱したもので、生産性資産・活力資産・変身資産の3つで構成されます。これらを可視化して蓄積していくことで、複業での経験をキャリア開発につなげます。また、複業を実践するにあたり必要となる時間や健康面、そしてキャリア形成まで含めたセルフマネジメントの支援を行います。加えて、現状さまざま存在している複業の情報をわかりやすくまとめて提供します」(図)

図 〈複業促進支援サービス〉のイメージ

出典:成瀬氏提供資料を元に編集部にて作成

 

自身の転機が構想の核に

長年人材業界に身を置き、人々の"はたらく"を支援してきた成瀬氏だが、自身もかつて連日終電で帰宅するような働き方をしていたことがあるという。その頃からワーク・ライフ・バランスに関する講演会に赴くなど問題意識を持っていたが、具体的な思いを抱く転機のひとつが、10年ほど前に子どもを授かったことだった。

「"この働き方をこの子たちの世代でも続けていくのだろうか"という疑問が生まれました。子どもたちが社会に出るときにはもっと違うはたらき方を社会として実現しなくてはいけないのではないか。そのために自分は一体何をするのか、ということが根底にある志です」

さらにその後、第二子誕生のタイミングで3.11を経験したことで、「家族のために働いているはずなのに、どこかで家族との時間を犠牲にしていた」と感じ、テレワークに取り組み始めることとなる。その後、事業構想大学院大学に入学した成瀬氏は、構想をかたちにするため研究を深めていく。

「当初私は、"複業をどう広めるか"という手段にとらわれていたのですが、教授陣を始め、多くの方と議論するなかで本質はそこではないのではないかという意見を多くいただきました。つまり、ただ複業を広めるのではなく、"キャリア自律の実現"が事業で目指すべきことなのだという点に気づけたのは、大学院でさまざまな人と忌憚なく意見をぶつけ合える状況だったからこそできたことだと感じています」

誰もが自律的にキャリアを
構築し、はたらく社会に

成瀬氏の構想では、パーソルP&T社がさまざまな複業案件を持つ連携先と、大手を中心とした複業を推進したい企業とその社員の間に立つ。連携先が提供する複業案件を整理して企業・社員に提供するとともに、安心して複業を進めていくためのサポートを行うことで、個々人が自らキャリアを考え、構築する支援を行う全体像を描いている。

「これまでの人材サービスは、自ら案件を作って登録者を増やし、自分たちのプラットフォームの中でマッチングさせるというモデルでした。労働人口が減少し仕事も多様化するなかで、今後もこうしたモデルが成立するのか、という疑問がありました。大学院では様々な業界の多くの事業事例を聞き、アライアンスやエコシステムの構築というかたちで事業開発を行う時代であるということを知り、私たちは案件を抱えるのではなく、多様な情報と個人をつなぐ位置にいる方が、社会的意義が高いという考えが生まれました」

成瀬氏は事業構想計画書に記した自身の構想のなかで、"副業"を"複業"、"人材"を"人才"と記す。成瀬氏によると、"人材"という言葉は本来"人才"と表記されており、人は資材でも財産でもなく、才能であるという意味が込められていたのだという。

「"人才"の世界観では、多様な才能を活かすことが重要です。ひとつの組織に依存するのではなく、複数の仕事で自らの才能を発揮する可能性を持ち、キャリアの可能性を拡げるはたらき方。これは、自分がいくつもの事業・組織に対して貢献できるという"複業"の世界です。多様な才を持つ人がひとつ組織の枠を越えて、複数の組織で価値発揮できる世界、〈人才循環社会〉を目指したサービスを提供していきたいと考えています」

キャリア自律型の複業の世界では、個々人に専門性が問われることになる、ある種厳しさもあるだろう。しかし成瀬氏はこうも語る。

「私が次の世代に残したい社会は、"楽に働ける"社会ではないなと感じています。多様な専門性を追求しないと日本は世界から取り残されてしまいます。子どもたちには、専門性と共に自分が大切だと思うものを見つけ、様々な人との出会いの中で社会を変えていってほしい。それは、厳しくもきっと楽しいことだと思います。そんな自律した個が強く、楽しく生きられるはたらき方を次の世代につなげたいという想いで、今この事業をつくっています」