専業主婦が起業、ニッチ戦略で「世界一の中小企業」を目指す

組み込みソフトの設計・開発からセンシング&コントロール技術開発、ICTシステム、モバイルアプリ、ホームページ制作、医療機器まで、幅広い製品とサービスを展開するプロアシスト。専業主婦から1人で起業し、次々と新しい事業に挑戦してきたプロアシスト社長の生駒京子氏の軌跡とは。

生駒 京子(プロアシスト 代表取締役社長)

経営理念のトップは"個人の尊重"

1994年の4月、バブル崩壊で世の中がどん底で冷え冷えしている最中に、金融機関から借りた300万円を元手に有限会社を立ち上げた生駒京子氏。無担保、専業主婦、家は賃貸アパート......。ないないづくしの生駒氏が金融機関から300万円を調達できたのは、企画書の"企業における研究開発(R&D)部門の業務は、必ず細分化されアウトソーシングされる"というキーワードにある。結婚する前はエンジニアとして7年ほど働いていたという生駒氏。当時の経験を活かし、企業の研究開発を支援するビジネスを開始した。

1994年に1人で創業した会社は、現在、社員約240名にまで成長。社員の90%がエンジニアで、中国の蘇州にも子会社を持つ。"個人の特性を活かせる会社"を目指し、創業当初から国籍も性別も関係なく幅広い人材を採用してきた生駒氏。「社の経営理念のトップに"個人の尊重"を掲げています。そして、存在要件のトップには"社員の精神的・物質的幸福"を明記しています」と話す。

プロアシストが初めて外国人を採用したのは1996年。当時、長野県の白馬にスキーに行った生駒氏が、カフェでコーヒーを運んできたニュージーランド大学・法学部の学生に声をかけたのがきっかけ。組み込みソフトの設計・開発を本業とするプロアシスト。法学部でコンピュータのことはまるで分からない学生に、生駒氏が与えた仕事は、ネットサーフィンだった。

「我が社は組み込みソフト、ITの会社です。1年間、様々なキーワードを元に、世界の論文や技術資料を集め、毎日30分、私にレクチャーすることを、彼の役割としました」(生駒氏)

現在、超音波技術では業界に名の知れ渡っているプロアシスト。1996年当時、超音波技術でトップだったスイスの大学をはじめ、世界の企業の情報を1年間仕入れ続けた結果が、現在の技術力の高さにつながっている。

2013年には内閣府の『女性のチャレンジ賞特別部門賞』を受賞、2015年には経済産業省の『ダイバーシティ経営企業100選』にも選ばれている同社。女性の育児休暇からの復職率は100%という。"個人の尊重"を第1に考えてきた経営が、現在のダイバーシティ経営や女性活躍推進の環境を、自然と作り出してきたと言える。

みんながアイデアを考える会社

「私たちは世界一の中小企業を目指しています」と生駒氏。

そのための取り組みは大きく2つ。1つ目は本業である組み込みシステムの技術を徹底的に深め、世界一の下請けになること。

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