「リアリティの法則」で消費者を動かす物語マーケティングとは

「商品広報には魅力的なストーリーが必要」とよく言われる。ただし、ただの「自分語り」では聞き手の共感を呼ぶことができない。消費者自身と商品との関係性に自己投影できるリアリティが必要だ。

心理学で有名な理論に「プロスペクト理論」がある。同理論の詳細は文献などで調べていただくとして、マーケティングの観点からは以下の質問が非常に示唆に富むので紹介したい。

Q 以下の二者択一の選択肢が提示されたとします。どちらを選ぶ人が多いでしょうか?
1 100万円が確実に手に入る
2 コインを投げて表なら200万円、裏なら0円

答えは「1が圧倒的に多い」で、プロスペクト理論の説明によく使われる。しかし同理論を知らずとも、ご自身に当てはめて考えれば、「まぁ、そうだろうなぁ」と納得いくであろう。12も期待値は同じ100万円なので、ならば確実にもらえる選択肢を希望するのは至極合理的だからだ。

しかしマーケティング的に面白いのは、実はこの後の以下のような展開だ。

1を選んだ人に、「2の金額をオークション風に200万円から徐々に上げていきます。気が変わって2を選び直したい人は手を挙げてください」と提起してみる。すると私のこれまでの経験では、だいたい300万円から徐々に手が挙がり始め、500万円でほぼ全員が選択し直す。しかしそれでも数人は転向しないまま残る。

この実験から何を言いたいのかというと、人間には確実性とかリアリティに対して、経済合理性をも凌駕する凄い価値を実感している、ということだ。私はそれを「リアリティの法則」と呼んでいる。

物語マーケティングとは何か

では、「リアリティを高めるマーケティング」とは、一体どのようなものであろうか?前置きが長くなったが、これが今回の本題だ。

例えば、五感に訴えるのもリアリティを高める代表的なマーケティング施策であり、特に視覚が有効だ。「急須で淹れたように美味しい」のリアリティを高めるために、濁りを訴求する緑茶飲料が好例だろう。また、「マイナス5歳肌」という印象的なキーワードで、「今年50歳だから、45歳の肌に戻るのね......」と今の自分に当てはめて考えさせるやり方も絶妙だ。

このようにリアリティ強化にはいろいろなノウハウがある中で、私が特にお勧めしたいのは、「消費者を投影できる主人公と名脇役としての商品」が登場する物語を発想する「物語マーケティング」である。

その分かりやすい事例として紹介したいのが、JTの「700度の火を持って、私は人とすれちがっている。」という物語仕立てのマナーキャンペーンだ。

「歩きタバコは危険です、止めましょう」と普通に呼びかけるだけでは無視されてしまいがちだが、このように映画のワンシーンのようなストーリー性を持たせることによって、「あぁ、なんて恐ろしいことを私はこれまで平気でしてきたのだろう。周囲の人たちは、特に子どもはさぞや怖かったことだろう」と、歩きタバコがいかに危険なのかをリアルに実感させることに見事に成功している。

通行人の心を動かした一行の力

そのほかにも物語マーケティングの有効性を示す、私の大好きな「実際にあったちょっといい話」も、是非とも披露したい。

ニューヨークの3月上旬、まだ寒さは残るものの日差しに暖かさを感じ始めたころ、目の不自由な物乞いの前を伝説の広告マンが偶然に通りかかった。物乞いの前には、お金を入れてもらう缶と、「私は目が見えません」という文言が書かれた板だけが無造作に置かれていた。

広告マン:目が見えないとはお気の毒に。実は私は魔法使いなのだよ。

目の不自由な物乞い:だんな、目が見えないからって、悪いご冗談を......。でももしも本当なら、見えるようにしてくださいませ。

広告マン:すまんが、魔法使いにも専門分野があって私は治療が得意ではないのだ。その代わり、君がもっとお金を稼げるような魔法をかけてあげよう。

広告マンはデタラメな呪文を唱えながら、「私は目が見えません」の前に「もうすぐ春が来ます。」という文をサッと書き足した。そして、彼が立ち去ったのち、物乞いの耳には小銭が次々に缶に投げ込まれるチャリンチャリンという響きがずっと聞こえ続けたそうな......。

もうお分かりになりましたよね。

「もうすぐ春が来ます。」という一文を読んだ通行人は、まずは「もうすぐ桜などが咲き始める素敵な季節だなぁ、今年はどこに花見に行こう......」などと、自分の物語に引き込まれることになる。そしてその直後だからこそ、「目が見えません」というメッセージが、「私は綺麗な花を楽しめるのに、この目の不自由な物乞いはそれを見られないとはなんと憐れな......」と目が不自由であることの悲哀を、リアリティをもって受け止められるようになったわけだ。

つまり、「もうすぐ春が来ます。」のわずか数文字のサブメッセージが、通行人を主人公として巻き込む物語をつくり、「目が見えません」というメインメッセージの訴求力を格段に高めたのである。

「自己投影できる物語」に価値

物語マーケティングという用語を聞くと、商品や企業・つくり手を主人公にする「自分語り」的なストーリーを連想する方も少なからずいるだろうし、実際にそのように説く有識者もいる。

それはそれで権威や好意の心理作用で評価を高める効果は多少期待できるので一概に否定はしないが、やはり「消費者自身が投影できる主人公が主役の物語」こそが、リアリティ強化の本筋だと考えたい。

しかも、消費者と商品・企業との物語を通じて、消費者の共感や絆を自然に醸成しつつ、将来のブランド化へ誘う王道でもある。是非、お試しあれ!