元ミクシィ・朝倉氏が語る 日本で巨大ベンチャーが育たない理由

日本からもメルカリのような大型上場を成し遂げるベンチャーは登場しているものの、そうした企業の数はまだまだ少ない。ミクシィの社長時代、同社の業績回復を牽引した朝倉祐介氏が、メルカリ上場のインパクトと、日本からメガベンチャーを生み出すための方策を語る。

2018年6月、東証マザーズに上場したメルカリ。日本のユニコーン企業による大型IPOとして注目を集めた
Photo by Tomohiro Ohsumi / Bloomberg via Getty Images

朝倉 祐介(シニフィアン 共同代表/元ミクシィ 社長兼CEO)

――今年6月、メルカリが上場し、時価総額は一時7000億円を超えました。メルカリ上場のインパクトについては、どう見ていますか。

朝倉 日本で設立数年のベンチャーが、あれだけの規模の大型上場を成し遂げたことはほとんどなく、日本からも勢いのある会社が出てきていることが、世の中に広く印象づけられたと思います。その意味で、非常にシンボリックな出来事でした。

もう1つ、重要なポイントは、後に続くベンチャーの育成・輩出に向けて、上場益の還流が期待できることです。これまでベンチャーの上場では、創業者一人が大きな上場益を得ることが多くなっていました。一方、メルカリの小泉文明(社長兼COO)さんは、一般の社員やエンジニア、デザイナー等にも上場益が入るように、意図的に仕組みづくりを行っていました。

ベンチャーを増やしていくためには、経営の方法論に長けた人がたまたま一人いたから成功した、というケースだけでなく、社会全体のエコシステムを確立していく必要があります。エコシステムが回るには、起業家はもちろん、エンジェル投資家が増えることも大切。上場益が世の中に還流すれば、次代のベンチャーの後押しになります。

メルカリの経営陣は、自分たちの知見を外に広げていくことに意識的です。同社の上場は、ベンチャーエコシステムが日本で健全に機能するための1つの契機になり得ると期待しています。

日本発ユニコーンの課題は「人」

――メルカリは日本発のユニコーン(企業価値10億ドル=約1100億円以上の未上場スタートアップ)となりましたが、米国や中国と比べて、日本のユニコーンは少ないのが現状です。

朝倉 ユニコーンの輩出に向けて、どのピースが欠けているかと言えば、おそらく人です。日本は、起業する人の絶対数で圧倒的に負けています。リスクマネーの供給というお金の問題もありますが、どれほどお金があったところで、それに見合う人やシーズが出てこないことには、その先の広がりは生まれません。

米国や中国は企業の新陳代謝が活発で、それがユニコーンの誕生を支えています。日本発のユニコーンが増えるには、入口と出口の問題があり、それは鶏と卵のところもある。つまり、出口が確立されていないと、入口となる起業家の数も増えていきません。

米国のベンチャーは、8~9割が事業売却でエグジット(出口)しますが、日本はベンチャーに限らずM&A(合併・買収)が少ない。日本の大企業には、新しいシーズを取り込んでいく意欲がもっと必要ですし、大企業とベンチャーがうまく連携し、事業を回していく知見をもっと世の中に蓄積していかなくてはなりません。

また、社会に認められるベンチャーが増えることも重要です。上場してキャピタルゲインを得て喜んでいるだけと思われてしまうと、それは尊敬されません。上場後も大きな成長を遂げ、社会的インパクトのある事業を手掛けることで、ベンチャーが市民権を得ていく必要があります。

スモールIPOは是か非か

――ユニコーンは定義上、未上場のベンチャーを指しますが、日本は東証マザーズがあるために早期の上場がしやすく、未上場のままで企業価値10億ドル以上にまで事業拡大するベンチャーが少ないという指摘もあります。

朝倉 2016年にマザーズに新規上場した企業の上場時平均時価総額は、約66億円でした。日本では小さな規模感でも上場しやすく、それは言葉を換えれば、成長途上の会社を支える仕組みがあるとも言えます。日本においては、新興市場が実質的にレイトステージのベンチャー投資の機能を一部代替しているのです。

ただ、上場時はスモールIPO(新規株式公開)だったとしても、大きく成長する会社は出てきています。最近では、SHIFTやじげん、ユーザベースなどが時間総額1000億円に近付きつつあり、実質的なユニコーン予備軍となっています。

スモールIPOの是非については議論があり、未熟な会社が上場して、伸び悩むケースはたくさんあります。マザーズ廃止論もありますが、私は、それは行き過ぎだと思っていて、上場のハードルを上げてIPOの数を絞ることは起業意欲を削ぎ、連続起業家やエンジェル投資家の数を減らすことになり、かえって日本のベンチャーエコシステムの形成を阻害します。

起業家や投資家は自らリスクを取っているわけですから、一攫千金が必ずしも悪いわけではなく、アニマルスピリットを刺激する仕組みは必要です。

大切なのは、いろんな選択肢があること。例えばメルカリは上場前の段階で大型投資を行い、ダイナミックな成長を遂げましたが、レイトステージのベンチャーが巨額調達できる環境があるのは素晴らしいことですし、一方で早期に上場し、そこから大きな成長を目指すのも間違いではありません。自社にとって、最適な道筋を選べることが重要であり、選択肢は多いほうが豊かなマーケットだと言えます。

スモールIPOが必ずしも悪いわけではなく、メガベンチャーを生み出すうえで問題なのは、未上場から上場への移行に伴い、事業・資本の支えが断絶するフェーズがあることです。

スタートアップが成長するうえでの課題

出典:シニフィアン資料

上場後の成長を支える仕組みを

――ベンチャーは上場後、どういった課題に直面するのですか。

朝倉 まず、組織の問題があります。上場前はストックオプションがインセンティブとなり、組織全体が企業価値の向上を目指して一丸となれますが、上場すると、株価を上げることとインセンティブが一致しなくなり、士気の低下や優秀な人材の獲得難を招き、ステークホルダーの思惑のズレも表面化しやすくなります。

また、投資家層の問題もあります。上場前の段階において、リスクマネーを提供するのは主にベンチャーキャピタル(VC)です。VCが経験の少ない経営陣をサポートし、事業拡大を支えますが、上場すると、多くのVCは投資先の株式を売却し、ベンチャー経営から退出していきます。

ポストIPOのベンチャーの多くは、時価総額が数十億円~数百億円規模。機関投資家は小型株を買わず、投資するのは個人投資家が中心であり、そこに経営知見を提供する機能はありません。また、コンサルティングファームの支援先としても小さすぎます。上場に伴って多くの経営課題が併発するにもかかわらず、ポストIPOの成長をサポートするプレーヤーが不在なのです。

メガベンチャーの輩出に向けては、未上場企業に対する支援を強化するのはもちろん、早いタイミングで上場ができるという日本の環境を活かして、持続的な成長を遂げるための仕組みづくりが不可欠です。

私はこうした問題意識をもとに、経済産業省の「第四次産業革命に向けたリスクマネー供給に関する研究会」でも提言を行いました。そもそもプレーヤーが不足しているのだから、民業圧迫にならず、政策的な資金を投入する余地もあると考えています。

多くのスタートアップが上場後、成長に伴う課題に直面

出典:シニフィアン資料

スケールするために必要なこと

――朝倉さんは2017年、シニフィアンを設立しました。現在、どういった取り組みに力を入れているのですか。

朝倉 シニフィアンは、上場から未上場まで様々な企業に知見の提供や投資を行っています。中でも重点的に支援しているターゲットの1つが、IPO後のベンチャーです。

ベンチャーが直面する課題は多種多様で、必勝パターンをつくるのは難しい。ただ、多くの企業に共通しているのは、ファイナンスが弱いこと。ステークホルダーとのコミュニケーション、IRが弱いと感じています。

例えば、私たちが支援先の経営者に会いに行く際、事前に決算資料や成長可能性に関する資料を読み込んでいきますが、実際に話してみると、ポジティブな意味で驚くことが多い。「この会社はこんなに面白いことを考えているのか」と驚かされる。でも、それが外に向けてうまく表現されていません

これはベンチャーに限らず、日本の産業界全体の課題ですが、日本にはCFO人材が不足しています。大企業のCFOは、将来の成長に向けたファイナンス戦略よりも、短期的な管理会計や経理を見ることが多くなっています。

私は近著『ファイナンス思考』において、日本からAmazonのように大きくスケールする企業が生まれない要因として、目先の売上げや利益にとらわれる「PL脳」という病を指摘しました。Amazonは大規模な先行投資を続け、短期的にはPL(損益計算書)にネガティブな影響を与える意思決定を行って、多額の赤字を計上しながらビジネスを拡大しました。そしてその裏側には、ステークホルダーから信頼を得るための徹底したコミュニケーションがありました。

日本でも、CFO人材がいる会社は、資本市場とのコミュニケーションやIRが上手だと感じています。メルカリの小泉さんは大和証券SMBCでミクシィやDeNAなどのIPOを担当した後、ミクシィのCFOを務めた金融のプロですし、じげんやラクスルには外資系金融出身のCFOがいます。

ただ、そうした人材は、日本ではまだまだ希少。ファイナンスの知見を含め、日本には上場後の成長を支えるプロフェッショナルが不足し、それが新産業創出のボトルネックになっています。シニフィアンは、ベンチャーが上場後も精力的に発展を遂げるための支援を提供し、社会的インパクトを発揮するベンチャーの創出に貢献していきます。

 

朝倉 祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン 共同代表
元ミクシィ 社長兼CEO