ピアノの力が生み出す人生の多様な可能性

子どもの頃からピアノを習い、演奏することは、学力の向上につながるといわれる。ピアノの演奏はまた、直接的に脳を鍛えるだけでなく、身体的、情緒的な面でもプラスの効果を発揮することから、世の中で活躍し、社会を動かすために必要な基礎力を養うことにもつながる。

「人生100年時代」を迎える中で、一般社団法人「全日本ピアノ指導者協会」は、 生涯を通じてピアノの演奏に取り組む人々を様々な角度から支援している。

福田 成康(一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会[ピティナ] 専務理事)

 

 

指導者の資質向上を目指す

――ピティナの沿革と活動内容について教えてください。

「ピティナ(PTNA)」は一般社団法人「全日本ピアノ指導者協会(The Piano Teachers' National Association of Japan)」の略称で、ピアノを中心とする音楽指導者の団体です。音楽作品に関する研究や振興を目的とし、1966年に「東京音楽研究会」として発足、1968年に現在の名称に改称されました。

全国47都道府県に支部や「ステーション」と呼ばれる約500の事務局があり、様々なイベントやサービスを展開、指導者の資質向上を目指しています。現在はピアノ指導者のほか、ピアノ学習者や音楽愛好者など1万6000人以上の会員がいます。

また、全国最大規模のピアノコンクール「ピティナ・ピアノコンペティション」やアドバイス付きのステージ「ピティナ・ピアノステップ」など、ピティナのステージには年間延べ約10万組が立っています。

会員であるピアノ指導者の大半は個人営業でピアノ教育を学びながら仕事をされています。自身の指導レベルが上がれば生徒のレベルも上がり、さらに優秀な生徒が集まりますから、皆、向上心を持って仕事に取り組んでいます。

ピティナでは、そのために必要となる勉強の場やコミュニケーションの場を提供しています。年間約700回のセミナーを開催しているほか、会場に来られない方々に向けたeラーニングや検定、ライセンスのような事業も行っています。

脳を直接鍛えるピアノの学習

――集中力や記憶力、表現力などが総合的に求められるピアノの演奏を学ぶことは、脳の発達に良い影響を及ぼすと考えられています。

ピアノを演奏することは、学力の向上につながるといわれています。例えば、東大合格者で全国トップレベルを誇る開成中学は男子校ですが、入学者の5割以上がピアノを習っているという調査結果もあります。

ピアノや音楽は東大の入試科目にはありませんが、開成中学では1、2年生の授業時間数で数学を週1時間減らし、代わりに音楽を週2時間に増やしたそうです。そしてピアノやギターの演奏を授業に採り入れた結果、東大合格者数が増加したそうです。早稲田大学の付属高校なども、ピアノがすごく上手な子を入試で採るなど、その力に注目しています。

2020年度に向けた大学入試改革では現在、英語の外部検定試験導入が話題になっています。従来の大学入試では、「試験をしやすい」部分で能力を測らざるを得ず、例えば、英会話のような試験をやりにくい部分はその対象から外れていました。

そのようにして作られた大学入試が、これまでの日本の教育を規定してきたのです。つまり、東大の入試科目にないものは、「学力」として認知されてきませんでした。しかし、非常に多くの打鍵を覚えてピアノを上手に弾くような能力も、明らかに学力だと思います。

脳に関して言えば、従来の日本の教育は、脳の外側部分、新皮質に偏っていたという印象です。音感はかなり内側の根幹となる部位にあります。ここを小さい頃から鍛えれば、将来的に記憶力や学力を向上させることにつながるはずです。

音感は幼稚園ぐらいの年齢で身につくそうで、記憶など様々なものを司るといわれます。このため、小さい時にまず音感を鍛え、徐々にピアノを学んでいくのが良いと思います。楽譜はロジカルで、さらにそれを覚えていけば、脳に対して「完全食品」のような効果を発揮するはずです。

また、ピアノの演奏でステージに上がると大変なプレッシャーを受けます。ですから、ピアノの演奏は脳を直接的に鍛えるだけでなく、大きなプレッシャーを乗り越える力を鍛えることにもなると思います。

コンクールの決勝ではオーケストラと共演の機会が与えられる。

一般社団法人として
公益活動を展開

――ピティナでは音楽教育を通じ、様々な社会貢献をされています。

私たちはピアノ指導者の研鑽だけでなく、音楽教育によって広く社会に貢献し、音楽文化の発展に寄与しようとしています。公益的な活動を積極的に行うため、敢えて公益社団法人ではなく、一般社団法人として活動しています。公益社団法人では「黒字を出せない」等の制約が生じ、かえって公益活動がしづらくなると考えています。一般社団法人として黒字を出しつつ納税も行う方が、公益に資する活動ができるはずです。

私たちの社会貢献活動には、例えば、ウェブサイトでの「ピティナ・ピアノ曲事典」提供や、生徒と先生をつなぐ「ピアノ教室紹介」、「学校クラスコンサート」、会員の公益活動を互助的に支援する仕組みの「Cross Giving」などがあります。さらに、ピアノに関する基礎研究や研究開発、海外での調査に基づく広報活動も行っています。

――今後、取り組んでいきたい活動には、どのようなものがありますか。

1つは、演奏を聴く方の活動を充実させていきたいと考えています。ピアノには様々な弾き方の可能性があることから、演奏者が他の人々の演奏を聴いて学び、互いにフィードバックをして高めていく活動も重要です。

また、ピアノ演奏は知識の塊でありながら、論文として発表されることはほぼありません。音楽大学では演奏行為や作曲が他分野の論文執筆に、リサイタルが学会報告に相当するからです。にもかかわらず、学問の世界にはある種の「文字至上主義」があり、舞台芸術が学問として充分に認知されていないと感じます。

このような中で私たちは、ピアノの筆記試験づくりにも取り組んでいます。ピアノの演奏をする際、例えば、楽曲分析を行ったり、曲の時代背景について学ぶなど、幅広い知識を持てば曲に対する見方や弾き方が異なってくると思います。

一方、聴く方に関しては、例えば、アーティキュレーション(音の強弱・表情付けの指示)が一切入っていない「白楽譜」といわれる楽譜を用意し、演奏を聴いて、それらを書き込むといった試験が考えられます。機械的な耳を育てるのではなく、音楽の本質から離れずに聴くためのトレーニングをどのようにするかといった研究も必要でしょう。

また、私たちが目指しているものに、国によるピアノの先生への「教育バウチャー」発行があります。ピアノの演奏や指導だけで生活に必要な資金を得るのは難しく、ピアノ指導者の多くは兼業です。そのような制度が実現すれば、ピアノの先生たちはプロになれます。

ただ、これだけでは指導者のレベル向上は難しく、生徒のレベルが上がって、音楽大学への進学や国際コンクールを目指すようになると、指導が困難になります。

このような事態には現在、「第2指導者」の仕組みで対応しています。小学校高学年から中学1~2年ぐらいの優秀な生徒には、コンクールの前などにハイレベルな指導ができる2人目の先生が付きます。そして中学3年ごろには、その先生に移るといった仕組みです。ピティナでは、このために必要な情報提供も行っています。

このほか、業界として、子どもたちに従来ほど忍耐を強いない教育法も開発する必要もあると感じます。情報通信技術(IT)を活用した教材も増やしていきたいです。ピアノは子どもたちの教育において、人間の力を作る「教材」となるだけでなく、将来的には趣味にもなります。また1人で弾けるので、共演相手の有無に規定されず練習できます。

自身も陸上競技に打ち込んだ経験を基に「人の学びの可能性」を熱く語っていただいた。

生涯を通じてピアノを楽しむ

――「人生100年時代」となる中で、生涯にわたってピアノや音楽の演奏を楽しみたいという人も増えているようです。

音楽とは異なる領域の職業に就いても、生涯を通じて音楽活動に取り組む方は多くいらっしゃいます。起業家でピアノを弾く方も少なくありません。ピアニストの武村八重子氏が考案したメソッドは、多くの企業経営者らにも支持され、話題になっています。これは脳科学に基づく新しい方法で、初心者も短期間で楽曲が弾けるようになるものです。

私たちの活動では、それらの方々を支援するだけでなく、ピアノを習う子どもたちに夢を持ってもらうことも目指しています。子どもの頃は、ピアノの練習は「やらされる」ことが多いですが、大人になっても続けている方々は「好きでやっている」のが普通です。それらのすごい方々の活動を見て、「ピアノを続ければ、将来すごいこともできる」と子どもたちに知ってもらいたいです。

子どもの頃からピアノを習うことで、将来的に世の中で活躍し、社会を動かすのに必要な基礎力を鍛えられると思います。ピアノを通じ、数学に求められるような能力が鍛えられ、さらに身体的、情緒的な面も磨かれます。最前も触れたとおり、ピアノは「完全食品」的な教材であり、生涯にわたって楽しめるものです。当協会では今後、より幅広い方々にピアノに取り組んでいただけるよう活動したいと思っています。

 

福田 成康(ふくだ・せいこう)
一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)専務理事

 

 

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