女性活用と人材の多様化は企業の持続的発展につながる

少子高齢化や人口減少が急速に進む中、企業や社会における女性の活躍に対する期待が高まっている。女性の活用で企業の人材が多様化すれば、市場を構成する多様な人々のニーズを把握し、新たな価値を創造することも可能になるかもしれない。その一方で、男女雇用機会均等法制定から30年が経つ現在も、企業の女性活用には様々な課題が残されている。女性のさらなる活用に向けては、働き方の常識に関する変革も求められる。

岩田 喜美枝 21世紀職業財団 会長

男女均等法制定から30年様変わりした女性の雇用

1985年の男女雇用機会均等法制定(翌年施行)から30年が経ち、日本の雇用をめぐる状況は大きく変化した。「この法律が制定される前の時代には、大卒の公募は男子のみというのがほとんどで、これは違法でも何でもなかったのです」と、労働省で同法制定にも携わった公益財団法人21世紀職業財団の岩田喜美枝会長は、当時の女性が置かれた厳しい状況を振り返る。

新卒で企業に就職した男性は、転職はせず、定年まで1つの企業で働き続けるのが一般的だった。男性はその間、社内で職業教育を受け、異動や昇進を重ねてキャリアを積んでいった。一方、女性は企業に就職しても結婚までの数年間だけ働くのが普通で、会社から与えられる仕事も補助的なものにとどまっていた。

「女性の就職では高卒の学歴が最も良く、次いで短大卒が良いとされていました。四大卒の女性は本当に人気がなく、これは結婚退職が前提となっていたためでした。当時の平均結婚年齢は24歳ぐらいでしたから、22歳で大学を卒業した女性を採用しても、すぐに結婚して辞めてしまうと思われたのです。その後の30年間には様々な変遷があり、変化は遅いと感じましたが、今では随分、様変わりしたと思います」

岩田氏自身は1971年に東京大学教養学部を卒業し、労働省(現・厚生労働省)に入省した。労働省に就職したのは、当時としては「唯一、女性が本気で働ける場所」と感じたからだという。その後は、男女雇用機会均等法制定や待機児童ゼロ作戦など様々な政策に携わり、女性の社会進出を支援してきた。厚生労働省では雇用均等・児童家庭局長も務め、2003年の退官後は、資生堂副社長、キリンホールディングス社外監査役、日本航空社外取締役にも就任、男女共同参画に向けた活動に従事してきた。

図1 女性の活躍の3段階

出典:21世紀職業財団資料

変革が求められる働き方の常識

岩田氏によると、女性の社会進出では以下の2つの点が重要となる。1つ目は、子育てや親の介護といった家族生活を営みながら仕事を続けられることだ。そして、もう1つは、女性が男性と同様にキャリアアップし、女性の中から管理職や役員が誕生することだ。

日本の現状を見ると、首都圏の大手企業では、仕事と育児の両立はかなり進んでいるが、中小企業や地方では、今も多くの課題が残る。また、女性のキャリアアップは全体的にあまり進んでおらず、現在も女性が管理職に占める比率は1割程度、役員では2%程度にとどまっている。これは発展途上国も含めた世界の国々において、非常に低いレベルだといえる。

30年前に男女雇用機会均等法が制定され、様々な支援策が講じられる中、仕事を続けながら子育てをする女性の数は増加した。しかし、現在のようなワーキングマザーの増加は企業によって歓迎されている訳ではないという。

「まず、ワーキングマザーの頑張り方が足りないという点が挙げられます。子育てによる時間の制約には理解が必要ですが、ワーキングマザーには時間の制約がある中でも実力を伸ばし、キャリアアップしていただきたい。会社にとって、『ほどほどに働き、ほどほどに処遇してもらえれば良い』と考えているような社員は必要ないのです」

その一方で、企業が認識すべき重要な点は、現在の働き方の常識がワーキングマザーにとって過酷過ぎることだ。「日本の企業で正社員に期待されている働き方の常識は、何時間でも働くことができ、いつでも転勤可能で、会社の都合によってどうにでもなるというものです。このような状況では、女性たち、特にワーキングマザーに、キャリアアップのために、育児休業から早く復帰し、短時間勤務をやめてフルタイムに戻るよう求めることはできません」と岩田氏は指摘する。

日本でこのような働き方が常識となったのは、高度経済成長期のことだった。この時代には、日本の歴史上、初めて専業主婦世帯が一般的となった。地方から都会へ出てきた若者たちが核家族を作り、所得水準が上昇したことから、夫一人の給与でも、何とか家族を養える状況が生まれた。当時は保育所もあまりなく、専業主婦のいる家庭が一般化した。

「これによって、サラリーマン男性は、家事や育児を妻にまかせ、何時間でも働けることになりました。

そのイメージや価値観が正社員の働き方の常識となり、現在も続いているのです。しかし、このような常識を変えなければ、仕事と子育ての両立をしながらのキャリアアップは達成できません。専業主婦を持つ男性型の基準を変えることが、最も大きな課題となっているのです」

働き方の常識を変えるには、制度的な改革だけでなく、社員の意識や企業風土を変えることも必要となる。

岩田氏によれば、これは「非常に大きな力を要する仕事」であり、企業においてこれを実行できる立場にあるのは社長だけだという。このため、社長が自ら、この問題を経営課題として認識することが求められる。

現在では、首都圏の大企業を中心に多くの企業の社長が、この課題に本気で取り組んでいるという。その背景には、労働力人口が減少局面に入り、今後、それを補う人材として女性への期待が高まっているという事情だけではなく、下に記すように、女性の活躍が企業の成長にとって不可欠であることに気付いたからである。他方で、中小企業を中心に、女性の活用に関する様々な誤解も根強く残っている。

「女性を活用すると余計な費用がかかるので、中小企業には無理だという声も聞かれます。しかし、費用はかからないのです。確かに事業所内保育所は費用がかかりますが、保育所は地域で整えられるべきで、それ以外の取り組みには追加費用はかかりません。例えば、育児休暇を取る人は無給ですから、その間、代替の派遣社員などを雇ってもコストは上昇しないはずです」。女性の活用を促進することは、会社全体の働き方を効率的なものに見直すことにもつながる。業務改革を行い、時間当たりの生産性向上をはかれば、コストの削減にもなるかもしれない。

図2 女性の活躍が必要である理由

出典:21世紀職業財団資料

企業の力を生み出す多様な人材

女性の活躍がこれまで以上に求められる理由の1つは、日本の労働力人口は先細りになっており、良質な人材の絶対数は減少していくとみられている。このため、企業の持続的発展に向けて良い人材を確保するには、採用・登用する範囲(人材プール)を女性にも広げる必要がある。第2に、現状では、女性であることや子どもがいるという理由から、活躍できていない社員がいる。人材の無駄遣いだ。このような人材は、積極的に活用していくことが求められる。第3は、人材の多様性は、(1)市場の理解、(2)変化・リスクへの対応、(3)新たな価値創造へとつながり、企業の力になると考えられる。(1)の意味は、市場を構成する人々の属性は多様で、その多様性を鏡に映すように社員も多様であれば、市場のニーズをより多く把握できるということだ。

「様々な業界や企業で女性の活躍が始まるとき、目に見える成果は、従来は見逃されていた女性の顧客のニーズに着目した商品やサービスが出てくることです。企業は、利益や売り上げへの効果を期待できます」

また、経営環境は日々変わっており、企業は環境に合わせた自己変革を求められている。リスク対応も同様で、東日本大震災のような想定外の大きなリスクに対しては、過去の経験や情報、ノウハウ、技能だけでは十分な対応ができない。さらに、企業の成長や生き残りには、それまでにない新しい価値、商品、サービスを提供し、市場で受け入れられるかどうかが重要となる。そのためにアイデアが必要であり、新しいアイデアは、多様な社員が活躍する組織でこそ期待できる。これが(3)の意味である。

「女性や外国人など多様な人材は、多様な価値観、発想法を持っており、それぞれが持つ情報や社外の人的なネットワークも多様です。もちろん、多様性を活かすことには、難しい面もあります。一人ひとりの考え方、ライフスタイルが異なるため、コミュニケーションは社員を一括して行うだけでは不十分であり、一人ひとりに丁寧に行う必要があるでしょう。これは難しいことかもしれませんが、難しさ以上に会社の力を生み出すはずです」

女性の活用や多様な人材の必要性を訴えてきた岩田氏にはさらに、「誰もができるだけ長く働ける社会を実現させたい」という信念がある。「少子高齢化が急速に進む中、社会を維持するには、できるだけ多くの人たちが扶養される側に回らないことが必要です。また、多くの人が仕事を通じて世の中の役に立ち、自分が成長したいと望んでいるのです」

年齢を重ねても、働きたい人は働ける限り、自分の生活や体力などと折り合いをつけながら長く働くことができる、育児や介護をしながらでも普通に頑張れば活躍できる。そのような社会の実現が、超・少子高齢化社会を迎える日本において求められている。

岩田 喜美枝(いわた・きみえ)
21世紀職業財団 会長

 

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