瀬戸内国際芸術祭 100万人が集う、アートの先にある「旅」

各地にアートイベントが乱立する中で、なぜ瀬戸内国際芸術祭は、数多くの人を惹きつけるのか。総合ディレクター、北川フラム氏に話を聞いた。

美しい瀬戸内海の島々を舞台に、3年に一度開催される現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」。次回は、2016年に開催されるPhoto by 中村修

―北川さんが瀬戸内国際芸術祭に携わるきっかけは、何だったのですか。

北川 私は「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の総合ディレクターも務めているのですが、その第2回(2003年)のときにベネッセの福武總一郎さん(現・最高顧問)が現地まで見に来てくれて、「こういうイベントが日本で成立することは極めて重要だ。自分も手伝いたい」という話になり、第3回(2006年)から大地の芸術祭を手伝ってもらうことになりました。

それが縁で、香川県の直島で文化事業を進めていた福武さんから「瀬戸内でも芸術祭をやりたいと思っている。手伝ってもらえないか」という相談を受けたのが始まりです。それで2006年秋~2007年にかけて、旅客として瀬戸内の島を巡って可能な限りいろいろな旅館、民宿に泊まりました。

島の課題を魅力に変える

北川フラム(アートディレクター、瀬戸内国際芸術祭 総合ディレクター)

―島を巡って何を感じましたか。

北川 まず、島の孤立を実感しました。例えば、ある島の子供が高校生になると、その島には高校がないので家族ごと本土に移ってしまって一気に人口が減るという状況です。

瀬戸内の人たちは島で頑張って生きてきたわけですから、その土地に誇りを持つところから地域が元気になると思いました。アートには、空き家や廃校というマイナスの資源でもプラスに変える力があります。地域の良さを知ることで、地域の人たちも誇りを取り戻すことができます。

―芸術祭を始めるうえで、大切にしたことは何ですか。

北川 越後妻有では、地元の協力を得るために2000回を超える説明会を開きました。当初は、ほとんどがネガティブな反応で、それをオセロのように一つ一つ白に変えていったんです。

瀬戸内の場合、初めからすべてが黒ではなかったのですが、逆に仲が良い者同士でいろいろやっても本質的なことはできにくい。それぞれの人たちの考え方、感じ方は違って当然です。反対者がいて、初めてモノゴトは本質的に進みます。違う者同士が、どのようにして同じプラットフォームでやっていくかが重要になるのです。

期間中、島々は多くの来場者でにぎわう。リピーターになる人も多い

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