バイオ産業で100兆円市場へ 経産省が描く日本の成長戦略と世界展開
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2025年11月14日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
持続的な経済成長や様々な社会課題の解決につながる可能性を秘めたバイオテクノロジー。政府は「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現する」とし、国内外で100兆円規模の市場創出を目標に掲げる。各国がバイオ分野に注力する中、日本発のバイオ産業が持続的に成長・拡大し、世界で市場を獲得していくためには――。最終回は、経済産業省商務・サービスグループ生物化学産業課の広瀬大也課長に、各政策に込められた戦略を聞いた。

国のバイオエコノミー戦略…拡大を目指す5つの市場
――政府は2024年6月に「バイオエコノミー戦略」を改定しました。バイオ分野をどのように捉え、どのようなスタンスで政策運営に取り組んでいるのでしょうか。
これまでも政府は、持続的な経済成長や社会課題の解決に向けて、様々な政策に取り組んできました。昨今は、新型コロナウィルス感染症の世界的な流行や、脱炭素社会を目指すカーボンニュートラル、循環型経済を推進するサーキュラーエコノミー、健康や医療といったものへの対応が、世界共通の大きな課題となっています。バイオ分野は、こうした社会課題の解決と持続可能な経済成長を同時に実現する分野として注目を集めています。改定されたバイオエコノミー戦略では、拡大を目指す「バイオエコノミー市場」として5つの市場を設定しました。経済産業省生物化学産業課では、(1)バイオものづくり・バイオ由来製品、(4)バイオ医薬品・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業に力を入れています。
バイオものづくりでは、経済成長を見込むのはもちろんですが、例えば、木材チップを原料としてエタノールを生産するケースなどは、資源が乏しい日本において、経済安全保障の観点でも注目されています。また、バイオ医薬品分野では、新たな治療機会の提供につながる革新的な創薬や、ワクチンの安定供給といった社会課題への対応が期待されます。いずれも、経産省が長期的な視点で、腰を据えて取り組むべき分野だと考えています。
産業としてエコシステムが自立的・持続的に回るように
――バイオエコノミー戦略では他省庁も関係しています。経産省が取り組む政策の狙いを教えてください。
バイオエコノミー戦略は多岐にわたり、シーズを生み出し、基礎研究に取り組むアカデミアなどの支援も、社会福祉や医学の視点も必要ですが、最終的な出口は、消費者や患者に商品や薬、サービスが継続して届けられることです。つまり、産業として、エコシステムが回っていかなくてはなりません。バイオものづくりに取り組む企業や、創薬ベンチャーを資金や経営面で支えるVC(ベンチャーキャピタル)、CDMO(医薬品開発・製造受託機関)などへの支援を通じて、それぞれのエコシステムが自立的・持続的に回り、世界で市場を獲得するきっかけを作る。これが、経産省が取り組む政策の大きな狙いです。
2つの事業で企業のバイオものづくりを支援
――バイオものづくりでは、「グリーンイノベーション(GI)基金事業」と「バイオものづくり革命推進事業」の主に二つの事業を展開されています。
これらの事業の特色は「未利用資源の活用」です。「GI基金事業」は、水素細菌など二酸化炭素を直接原料とするバイオものづくりを念頭にしたもので、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みの一つでもあります。「バイオものづくり革命推進事業」は、日本に豊富にある木材チップなどを原料に活用、物質生産能力を持つ様々なバイオ微生物に変えてものづくりに生かすこと支援しています。
民間企業がビジネスとして取り組むためには、事業の規模や採算性といった課題を解決しなければなりません。これらの大型の基金を使って、社会実装に向けた大規模実証まで行うことは、企業の挑戦の後押しにつながっているのではないかと考えています。
バイオものづくりによる「モノ」が見えてくるにつれて、「誰が」「どこに販売し」「どう使われるのか」といった具体的なイメージが浮かぶようになります。ただ、バイオ由来の製品は、既存の石油由来品などを代替する形になることから、従来品にはない高い機能があるといった付加価値がなければ普及に困難が予想され、企業にとっては、投資に見合うだけの市場性の有無が鍵となります。一方で、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに資するものなので、日本のバイオものづくりの有効性が認められ、製品が世界で活用されるよう、政府は、製品評価などのルールづくりから積極的に関与していくことが必要だと考えています。コストの面では、既存製品の1.2倍程度に収まることを目指しています。
バイオ医薬品や再生医療の産業化も後押し
――創薬ベンチャーの支援など、創薬や再生医療分野などにおける政策について教えてください。
政府全体では、内閣府の健康・医療推進事務局が全体の司令塔で、基礎研究の支援は文部科学省、産業的な支援は経産省、医療制度的な支援は厚生労働省が中心となって行い、研究開発はAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)に集約、それぞれの取り組みを統合して進める形で進んでいます。経産省は、創薬ベンチャーエコシステムの構築や、CDMOなどの製造設備整備に取り組んでいるところです。
創薬は成功する確率が低く、リスクが高いとされる産業です。ベンチャーの最たるものでもありますが、単に学術研究の延長ではなく、「薬になる」と見込まれるものについては、資金面で支援していくことが創薬ベンチャーエコシステム強化事業の目的です。創薬ベンチャーに対し、VCの出資額の2倍までを国が補助する仕組みで、リスクを分担する政策です。
創薬には時間がかかりますが、創薬ベンチャーを企業価値で数百億円から1000億円規模に成長させ、VCは、出資先のIPO(新規株式公開)やM&A(合併・買収)で株式を売却して利益を得る想定です。日本では、エコシステムを回すための資本や経営人材、技術などが不足しています。また、海外のエコシステムとの「接続性」も弱い印象を受けます。世界の医薬品市場で最も大きいのは米国で、約50%を占めていると言われています。日本発の創薬ベンチャーが世界に伍(ご)して成功できるよう、強力に支援し、成功例を増やしていくことは、政府が取り組むべき役割の一つであると考えています。
過剰な免疫反応を抑える「制御性T細胞」を発見したことに対して、2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文・大阪大特任教授が設立された創薬スタートアップであるレグセル社も、2024年度に創薬ベンチャーエコシステム強化事業で採択されました。この企業は、「自己免疫性疾患等に対する抗原特異的な免疫細胞療法の開発」に取り組んでいます。
――CDMOによる製造設備投資支援にも力を入れています。
国内には、再生医療や細胞治療、遺伝子治療といった分野のシーズが数多くあります。iPS細胞をはじめ優れた研究開発成果があり、今後の産業化が大いに期待されています。ヒトの細胞を扱うため、同一品質の製品を製造するには高い技術が必要となりますが、これまでの医療分野における知見とノウハウを生かせば、再生医療分野などにおける製造業も日本の大きな強みになります。
創薬では、研究開発や製造、治験、販売といった段階があり、従来は一つの製薬メーカーが一貫して行う体制が主流でしたが、近年は分業化が進んでいます。CDMOは、受託開発や製造に特化、その強みやノウハウを生かして成長しています。今後、再生医療製品などの需要がますます増えると想定されるため、製造拠点も国内に整備しておかなければなりません。さらに、こうした医療が進んでいる欧米から遠い、アジア地域への日本からの製品輸出も見据えておく必要があります。バイオ医薬品を円滑に製造できる能力を国内に確保することなどを目的に、「再生・細胞医療・遺伝子治療製造設備投資支援事業費補助金」(再生CDMO補助金)を創設しました。
日本の産業を先導する柱に
――バイオエコノミー戦略は「2030年に国内外で100兆円規模の市場創出を目指す」とうたっています。バイオ産業は今後、日本の産業を先導する大きな柱になりそうです。
成長性の高さから見込まれる規模の拡大もそうですが、各国がこの分野を特別に支援している背景には、バイオ産業には命に直結する面がある点も挙げられます。自国での振興を怠っていると、例えばパンデミックのような有事に、国の運営に支障が出る可能性もあります。日本には豊富なシーズや研究力・技術力の高さがあります。経産省として、バイオ産業にしっかり取り組んでいきたいと考えています。
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