中小企業の賃上げ 「原資確保につながるヒント」を中小企業庁課長が解説
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年2月4日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
賃金などの労働条件の改善を労働組合が経営者に要求する春季労使交渉(春闘)が、2026年も始まった。日本労働組合総連合会(連合)の集計によれば、2025年春闘の賃上げ率は5.25%と2024年に続いて5%台を記録、また、厚生労働省の統計では2025年度の最低賃金(時給)の全国加重平均額も1121円で過去最高となるなど、賃上げ機運は継続している。
しかし、物価高騰の長期化や人手不足の深刻化、米国の関税政策による業績悪化懸念など、厳しさを増す経営環境の中で賃上げに応じている中小企業や小規模事業者があるのも事実だ。
今回の政策特集では、政府が掲げる「物価上昇を上回る賃上げの定着」に向け、中小企業や小規模事業者に対する経済産業省・中小企業庁の支援策を取り上げる。初回は、中小企業庁事業環境部企画課の佐伯徳彦課長=写真=による、賃上げを巡る状況や支援策の概要説明から。

賃上げ機運は「日本経済の礎」の中小企業でも
2026年1月中旬、経産省関東経済産業局(さいたま市)で開催された「賃上げ支援キャラバン」。国の支援策の説明などを目的にしたもので、同局が管轄する広域関東圏1都10県の中小企業や商工会議所、金融機関などの関係者計約200人が対面とオンラインで参加、賃上げへの関心の高さをうかがわせた=写真=。

中小企業庁の佐伯課長は、賃上げの意義について「給与の増加が消費の喚起につながり、企業が得られた収益が賃金として再分配され、さらなる消費を喚起する。我が国の経済成長に極めて重要で、この好循環を作り出すために、歴代の政権でも重要政策に位置づけられてきた」と説明する。2025年11月の毎月勤労統計調査(確報)によると、物価の変動を反映した労働者1人当たりの実質賃金は前年同月比1.6%減で、11か月連続のマイナス。政府が「最優先課題」と位置づける物価高対策でも賃上げは欠かせない。また、中小企業や小規模事業者は、日本における企業数で約99.7%、従業者数で約70%、付加価値額で約56%を占める「経済の礎」。生活水準や経済全体の底上げを図る点でも、中小企業への賃上げの波及が期待されている。
高まる賃上げ率と中小企業の課題
連合の集計では、賃上げ率は、2024年に5.10%と1991年以来33年ぶりに5%を超え、2025年も5.25%と高い伸びが続いている。組合員数が300人に満たない中小組合でもそれぞれ、4.45%、4.65%の伸び率となった。
ただ、佐伯課長は「中小企業では、大企業と比べると、さらなる賃上げの余力に乏しい企業が多い」と指摘する。例えば、企業が生み出した付加価値額に対して従業員の給与などがどれくらい支払われているかを示す「労働分配率」は近年、資本金が1億円に満たない中規模企業や小規模企業では80%前後で高止まりしており、大規模企業(資本金10億円以上)の50%前後との差は大きい。
また、中小企業庁が毎年3月と9月の「価格交渉促進月間」後に実施している調査によると、原材料費や労務費などのコスト増のうち、どのくらいを価格転嫁できたかを示す価格転嫁率は、2025年9月時点で53.5%だった。上昇傾向にあるものの、改善の余地があり、価格転嫁が「できる企業」と「できない企業」で二極化も進んでいるという。
こうした状況から、利益を削ってでも最低賃金の引き上げや人材確保などに対応する「防衛的賃上げ」を行っている中小企業は少なくない。賃上げを中長期的に持続していくには余力を確保することが必要で、労働分配率の分母となる付加価値額に含まれる営業利益を増やすことが有効だ。また、組織が小さい中小企業では、自社の商品やサービスがどれだけの収益を生んでいるのか数字によって把握することや、「どの事業で営業利益を積み上げて賃上げの原資を確保するか」といった戦略の構築に苦労している場合もある。物価高などで経営環境の厳しさが増す中、政府は中小企業の「稼ぐ力」の強化に力を入れる方針で、「価格転嫁・取引適正化」「成長支援・生産性向上」「伴走支援の強化・金融支援」などを政策の柱に掲げている。
賃上げ「3つのステップ」に役立つツール・情報 特設サイトで提供
賃上げを行うには、①賃上げに必要な額を把握する②営業利益が増えるように自社の強みを知って伸ばす③価格交渉や生産性向上などの課題に対処する――の三つのステップを経るのが基本とされる。中小企業庁は、中小企業向けの総合支援情報サイト「ミラサポplus」内に「賃上げ・最低賃金対応支援特設サイト」=画像=を開設し、これら三つのステップに必要な試算ツールや情報を提供する。

例えば、賃上げに必要な金額の把握には、「人件費増加額シミュレーション」=画像=が役立つ。時給の引き上げ額や1週間の勤務日数、1日あたりの勤務時間、従業員数を入力すると、人件費が全体でいくら増えるのかが概算額で表示される。

また、自社の強みをより生かして営業利益を増やせるよう、商品やサービス、顧客ごとの利益を計算できるツール、価格交渉などの課題解決のポイントを漫画形式でわかりやすく紹介するコンテンツや実際の企業事例なども用意されている=画像=。さらに、相談窓口や関連する補助金の紹介もあり、経営者が賃上げに関して知りたい情報を網羅しているのが特徴だ。

徹底した伴走支援で生産性向上などを後押し
政府は、特設サイトによる情報提供に加え、各種支援機関による中小企業への積極的な働きかけと伴走支援に対する追加的措置を通じ、賃上げにつながる価格転嫁や生産性向上、省力化投資などを推進する体制を強化する。この方針は、2025年11月に閣議決定された総合経済対策に盛り込まれた。
具体的には、日頃から中小企業と接点のある税理士や商工会・商工会議所の経営指導員、金融機関などを「かかりつけ医」、国の支援拠点などによるネットワークを賃上げ支援の「専門医」と位置づけ、中小企業の課題や相談を共有する仕組みを整える=画像=。専門的な視点を生かして徹底的な伴走支援を行い、補助金の活用などの支援策に確実につなげるのが狙いだ。
こうした体制整備に伴い、中小企業の経営上のあらゆる相談に応じるために国が各都道府県に設置した無料相談所「よろず支援拠点」に2026年度、「生産性向上支援センター」が新たに設置される。センターの専門家が、現場訪問などを行ったうえで、業務の見える化やムダの削減、デジタル活用などについてアドバイスするという。
補助金の拡充、使い勝手向上も
賃上げ原資の確保につながるよう、中小企業の成長や付加価値向上、省力化などへの投資を支援する補助金についても、2025年度の補正予算の成立に合わせ、対象枠の新設などが盛り込まれた。例えば、賃上げに向けた省力化と事業規模拡大に大規模な投資を行う中堅・中小企業やスタートアップを支援する「中堅等大規模成長投資補助金」(補助率1/3以下、上限50億円)では、新規公募分として確保した2,000億円のうち、地域の核となるような売上高100億円を目指す企業向けの枠が新設され、1000億円程度の予算が確保された。また、労働生産性の向上を目的に、デジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)化に必要なソフトウェアやサービスなどの導入を支援する「IT導入補助金」は、「デジタル化・AI導入補助金」と名称変更したうえで、引き続き実施される。
「取適法」施行…禁止行為への理解を
従来の下請法は「中小受託取引適正化法(取適法)」として改正され、2026年1月1日に施行された。改正に伴い、適用対象となる取引や事業者の範囲が拡大されたのが特徴だ。加えて、「協議に応じない一方的な代金決定」や「手形払等の禁止」も新たに禁止行為として追加され、違反があった場合は、公正取引委員会による勧告のほか、同委員会と中小企業庁、事業所管省庁において取適法に基づく指導・助言が行われる。佐伯課長は「取適法で規定された意義は大きい。法令違反となれば企業のコンプライアンスが問われる」と解説し、中小企業による価格交渉・価格転嫁の進展に期待を寄せる。

人手不足で省力化や効率化への投資も欠かせない。佐伯課長は「企業数でも従業者数でも多数を占める中小企業の賃上げは、日本の経済成長にとても重要。中小企業庁としても、伴走支援の強化など様々な政策を通じてしっかりとサポートしていく」と話している。
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