横浜FCがマルチクラブオーナーシップ(MCO)で若手選手の欧州挑戦を促進 新たなサッカービジネスモデルを構築
横浜市を拠点とするJ1クラブの横浜FCが新たなビジネスモデルを展開している。マルチクラブオーナーシップ(MCO)により、ポルトガルのUDオリヴェイレンセを傘下に収め、若手選手の欧州移籍を実現する独自の仕組みを構築。横浜FCユース出身の永田滉太朗選手のFCポルトへの完全移籍など具体的な成果を上げる同クラブの戦略について、山形伸之代表取締役CEOに話を聞いた。

株式会社横浜フリエスポーツクラブ 代表取締役CEOの山形伸之氏
地域密着クラブが挑む革新的MCO事業とは
横浜FCは1998年に設立されたJリーグクラブで、横浜市を中心とした地域密着型の活動を展開している。サッカースクールからアカデミー、トップチームまでの一貫した育成システムを持ち、地域の子どもたちの成長を支えてきた。
そんな同クラブが2022年から本格始動させたのが、マルチクラブオーナーシップ(MCO)事業だ。MCOとは、一つのオーナーが複数のクラブを所有・経営する仕組みで、近年欧州を中心に広がりを見せている。横浜FCの場合、親会社であるONODERA GROUPがポルトガル2部リーグのUDオリヴェイレンセを買収し、日本とポルトガルの2拠点体制を構築した。
「よく『提携』と混同されますが、MCOは全く異なるビジネスモデルです」と代表取締役CEOの山形伸之氏は説明する。従来の海外クラブとの提携は育成メソッドや経営ノウハウの共有が中心だったが、MCOは「自クラブ内でしっかりと選手を育成し、より大きなクラブに向けて送り出すビジネス」だと強調する。
「サッカーの世界で最も大きなマーケットはヨーロッパです。どんな事業でも一番大きなマーケットに出店するのは当然のこと。我々はヨーロッパに『お店』を出していると考えています」。
育成補償金の壁を突破する画期的システム
MCO事業が注目される理由の一つが、日本の若手選手が直面する「育成補償金」というハードルを回避できる点にある。
たとえば、日本の高校生が直接欧州のプロクラブに移籍する場合、アマチュアから海外プロクラブへの移籍として、育成年代に所属していた学校やアカデミーに数千万円の育成補償金を支払う必要がある。この高額な費用が、多くの有望な選手の海外挑戦のハードルになってきた。
一方、横浜FCとオリヴェイレンセのMCOでは、まず日本でプロ契約を結ぶため育成補償金は欧州で直接プロ契約を結ぶよりも遥かに低い数百万円程度に抑えられる。その後、同一オーナーが持つポルトガルのクラブへの移籍時には、移籍金やレンタルフィーを発生させずに、移籍が可能となる。

横浜FCとUDオリヴェイレンセのMCOでは、選手活躍の為のきめ細かな対応が行われている ©UD OLIVEIRENSE SAD©YOKOHAMA FC
「この仕組みにより、日本人の若手選手がヨーロッパに入るハードルを下げることができます。ただし、ヨーロッパに入ることができても、そこで成功するかは別問題。だからこそ包括的なサポート体制が重要なのです」と山形氏は語る。
若手選手がヨーロッパの舞台で活躍出来るよう、横浜FCはきめ細かな対応を行っている。現地での日本人スタッフの配置、語学教育、生活支援、さらには通信制高校での学習継続など、18歳という若さでヨーロッパに渡る選手たちを多角的にバックアップしているのだ。
永田滉太朗選手のFCポルト移籍が示唆するビジネスモデルの有効性
横浜FCのMCO事業の成功例として脚光を浴びるのが、永田滉太朗選手のキャリアパスだ。同クラブのアカデミー出身の永田選手は、高校3年時に「チャンピオンズリーグに出たい」という明確な目標を掲げていた。
「彼の夢がヨーロッパにあることが分かっていたので、18歳になった段階でこのプロジェクトにチャレンジしてみないかと声をかけました」と山形氏は振り返る。
永田選手は2023年夏、18歳になった直後にUDオリヴェイレンセに移籍。1年目は体調不良に悩まされるなど困難もあったが、クラブや家族のサポートもあり、徐々に本来の実力を発揮。2年目から本格的に試合に出場し始め、わずか1年でポルトガルの名門・FCポルトと5年契約の完全移籍という形で夢への第一歩を実現した。現在はFCポルトBでプレーしながら、トップチーム昇格を目指しており、8月10日に行われた開幕戦では早速MVPに選出された。
※今回の移籍において、永田選手の保有権を横浜FCとFCポルトで分け合う形をとっており、今後同選手がステップアップしていくことで横浜FCにも移籍金および連帯貢献金が入る契約になっている。

ポルトガルの名門・FCポルトへ5年契約の完全移籍を果たした永田滉太朗選手 ©UD OLIVEIRENSE SAD©YOKOHAMA FC
「永田の市場価値は2025年夏の時点では約8000万円と評価されています。一方、同世代で日本のJ2、J3でプレーする選手の多くは1000万円以下。どこでプレーするかで選手の価値は大きく変わるのです」。
山形氏はアカデミーの選手たちにこの現実を伝え、「欧州でプロになるということは所属するクラブの資産として見られていくということ。サッカー選手としてより高い評価を受ける為には、自分の市場価値を上げる努力をしなければならない」とアドバイスをしているという。選手たちの反応は上々で、「市場価値の話をすると、目をキラキラさせて『オリヴェイレンセに行きたい』と言ってくる選手が増えています」と笑みを浮かべる。

高校3年時には「チャンピオンズリーグに出たい」という明確な目標を掲げていた永田選手(写真はアカデミー時代のもの) ©YOKOHAMA FC
MCO事業では、選手の成功がそのままクラブのビジネスとしての成功に繋がる。日本では無名だった選手も、ヨーロッパで評価されることもあり、そこで活躍の機会を得ることが出来れば、市場価値の上昇と他クラブへのステップアップが移籍という形で、後にクラブに大きな財産を残すことが出来るわけだ。
持続可能な成長を目指す戦略的アプローチ
MCO事業の将来展望について、山形氏は量的拡大よりも質的向上を重視する姿勢を明確にしている。「他にもクラブを買うのかとよく聞かれますが、そういうことは考えていません」と語る。
「我々は地域に根を生やしているクラブです。横浜の子どもたちがヨーロッパに行く夢をしっかりとした仕組みの中でかなえられること、それがビジネスとして成立することを追求したい」。
ただし、国際サッカー連盟(FIFA)規定により1クラブから他クラブに送り出せる選手数には制限があるため、将来的にはより柔軟なアプローチも検討している。
「次々とクラブを買収するのではなく、ヨーロッパのクラブと提携し、一定数の選手を必ず受け入れてもらうなど、ビジネスを意識した提携の仕組みも考えられます」。
現在、横浜FCのアカデミーでは個別能力開発計画(IDP)を通じて選手一人ひとりの将来の希望を詳細に把握している。海外志向のある選手には早い段階からMCOの事業を紹介し、幅広い選択肢と長期的なキャリア設計をサポートしている。
「最初はこの取り組みの認知度も低く、サッカー界で働く方々でも知らない人が多かった。しかし永田の成功により、一つの具体的な成功例として関心を持ってもらえるきっかけができました」
MCO事業は日本のサッカー界に新たなキャリアパスと収益モデルの可能性を提示している。地域密着を理念に掲げるJクラブが挑む革新的な取り組みが、若手選手の夢の実現とクラブ経営の持続可能性をいかに両立させていくか、その発展が注目される。

- 山形 伸之(やまがた・のぶゆき)氏
- 株式会社横浜フリエスポーツクラブ 代表取締役CEO