ハナマルキが描く“発酵調味料の未来構想”──伝統と革新をつなぐ事業承継とグローバル展開

花岡周一郎氏  

創業から107年の歴史を持つハナマルキ株式会社は、味噌づくりの老舗としての矜持を保ちながら、「液体塩こうじ」などの新たなカテゴリーで市場を切り拓いている。2022年8月に社長に就任した花岡周一郎氏は、先代から受け継いだ「素材とモノ作りを大切にしていく」という理念を“見える化”し、現場と経営の距離を縮めながら、発酵調味料メーカーとしてのさらなる成長を構想する。事業承継の現場で起きている変化と、次の10年へ向けた進化の要諦を聞いた。

時代の変化に対応する企業DNA──変革を支える文化的基盤

1918年に長野県で創業したハナマルキは、107年の歴史の中で幾度となく変化の波を乗り越えてきた。社名も「花岡金春商店」から「丸キ味噌」を経て現在の「ハナマルキ」に至るまで、時代とともに進化を続けている。この長い歴史が培った「変化対応力」こそが、同社の企業DNAの根幹を成している。現在の主力商品である「液体塩こうじ」の開発に至る過程でも、この変化への適応力が大きな役割を果たした。

事業承継のリアル──変えるもの/変えないものを“見える化”する

花岡氏が社長に就いたのは40歳の時。ロシア・ウクライナ情勢による原料調達の不確実性など、外部環境が大きく揺れる局面だった。就任後まず取り組んだのは、先代から受け継いだ企業理念「素材とものづくりを大切に」を改めて前面に掲げること、そして新たに「五つの行動指針」を定めて全社に伝える“見える化”である。

「変えないもの」として理念を置き、「変えるもの」として行動様式を言語化する。月1回の“先代との一対一の対話”も継続し、価値観のすり合わせと意思決定の質を上げる仕組みをつくった。トップの交代は組織の地殻変動を伴う。だからこそ、何を軸にするかを明快に示し、言葉と行動で一貫して伝えることに注力した。

現場と経営がつながると、イノベーションは加速する

同社の象徴的な新カテゴリーが「液体塩こうじ」だ。発想の起点は現場の“困りごと”にある。粒状の塩こうじを唐揚げなどに使うと焦げやすく、見た目にもムラが出やすい──バイヤーや得意先、店頭での会話から上がってきた素朴な声を、経営が真正面から受け止めた。

さらに、先代が日本酒の蔵元で見た工程から着想を得て、つぶつぶを液体にするプロセスへと発想を飛ばす。現場の課題と経営の目利きが交差したことで、家庭用から業務用まで裾野の広い新市場が拓けた。

この“現場起点”は営業にも徹底されている。社長・会長・役員を含むメンバーが店頭に立ち、消費者が商品を手に取る瞬間を自分の目で見る。デスクの上だけでは得られない感覚を組織の共通言語に変えることで、改良や訴求のポイントが研ぎ澄まされていく。

液体塩こうじが開くグローバル市場──「クリーンラベル」への適合

海外では、健康志向の高まりとともに、原材料表示を短く・わかりやすくする「クリーンラベル」の潮流が広がる。液体塩こうじは、肉の軟化や臭みの低減、うま味の底上げ、生地の粘弾性改善など、多機能性を持ちながら自然由来という特長が評価されはじめている。パンづくりに添加物を使わない選択をする北欧のベーカリーで、生地改良に活用される例も出てきた。

同社が掲げるミッションは、味噌にとどまらず「発酵調味料メーカーとして世界の食シーンに貢献する」こと。売上の大宗を占める味噌・即席味噌汁に加え、「塩こうじ」を事業の柱に育てていく構想だ。日本の発酵技術を生活者の豊かさに結びつける視点で、グローバル市場の開拓に挑む。

ブランドは「続ける」ことで資産になる

老舗でありながら、ハナマルキは早い時期からテレビCMに投資を続けてきた。「おみそならハナマルキ」というフレーズに象徴されるように、短期のROIでは測りにくい企業ブランドの蓄積を重視する姿勢は、採用や取引関係、ひいては新カテゴリーの浸透にも効いてくる。近年はSNSも含め、発信の場を拡張しながら、適切な規模で広告・広報費を継続確保する方針だ。

同社にとって広報は社外だけの営みではない。工場内の改善活動発表会で社員の言葉に「素材とモノ作りを大切にしていく」というフレーズが自然と出てくるようになったのは、理念を繰り返し共有してきた成果だという。

人材観の更新──「尖った人」を活かし、称賛が循環する組織へ

創業以来の人材観として、「他社からスカウトされるほど尖った人材であれ」というメッセージがある。花岡氏も「商品を売る前に自分を売れ」という営業哲学を受け継ぎ、個の主体性を尊ぶ。行動指針には「自分の意見を述べ、出た結論に従う」という姿勢を明記。トップダウンに偏りがちな老舗のリスクを自覚し、異論を歓迎する組織文化を育てる。

また、部署横断で社員一人ひとりにスポットライトを当てる社内アワードを創設。製造、品質保証、開発、営業など多様な職種における成果を称え合う仕組みは、現場の誇りを引き出し、挑戦を後押しする。社内新聞や社員インタビュー、社内SNS(グループウェア上でのナレッジ共有)といった“社内メディア”も整備し、言葉と事例で価値観を日常的に共有している。

「進化する構想」──次の5〜10年を支える二つの基盤

これからの5〜10年、同社が徹底するのは二つの基盤づくりだ。一つは、付加価値商品の認知拡大である。フタをなくし粉末と具材を一体化したカップみそ汁「すぐ旨カップ」、二度の熟成でうま味と甘みを引き出しつつ減塩を実現する「追いこうじ製法」の味噌「追いこうじみそ」など、同社ならではの提案はすでに複数存在する。店頭での体験型販促やデジタル発信、協業によるレシピ提案など、地道な活動の累積で“知ってもらう”面を強化していく。

もう一つは、業務の効率化である。IT・AIを積極活用し、限られた人員で高い価値を生む体制をつくる。働き手の価値観が多様化するなか、ワークライフバランスを尊重しながら成果を上げる環境整備は、採用力と事業継続力の双方に直結する。新しい調味料の普及は一足飛びにはいかない。だからこそ、焦らず、しかし手を止めずに続ける現場力が、同社の構想を現実に変えていく。

承継の知恵──「腹を割って話す」ことから始める

最後に、事業承継期の経営者としての学びを花岡氏はこう語る。ケースバイケースで唯一の正解はない。だが、自分たちにとって有効だったのは、先代と定期的に時間を取り、腹を割って話すことだった。就任前から始めた月例の1on1は、互いの視点の違いを表に出し、同じ目標を共有するための“場”になった。

バトンを「受け取る側」が歩み寄る必要もある。承継は継ぐ者が主体となって関係を再構築するプロセスでもあるからだ。理念を携え、現場に立ち続け、声に耳を澄ませる。107年企業の“進化する構想”は、そうした足元の実践から生まれている。

代表取締役社長 花岡周一郎氏  
代表取締役社長 花岡周一郎氏