官民連携でシチズンファーストなデジタル改革 自治体が安心してAIを使えるルールづくり
生成AIの存在感が加速的に増している現在は、ルールの制定がそのスピードに追い付かず、混乱を招くことも少なくない。国は制定を急ピッチで進めているが、自治体における明確なガイドラインはまだ存在しない。その課題を解決するために設立された団体が「AIガバナンス自治体コンソーシアム」だ。
いまだ存在しない
自治体向けAIガイドライン
自治体向けのAI活用ガイドラインの作成を目的とした「AIガバナンス自治体コンソーシアム(以下、AGL)」が発足した。団体設立を提案したPwCコンサルティングが事務局/副主査として取りまとめを行い、Googleやマイクロソフト、オラクル、AWSなどガバメントクラウドに採用されAIサービスを展開するグローバル企業などがビジネスパートナーに名を連ね、国内の多くの自治体が会員として参加している。
図 AIガバナンス自治体コンソーシアムの概要
AGLは、行政管理に関する調査・研究を行ってきた一般財団法人 行政管理研究センターが主催する「公務部門ワークスタイル改革研究会(以下、ワクスタ研)」の下に設置された。PwCコンサルティングは、効率的で働き甲斐のある職場づくりを探求するワクスタ研に参加してきたことから、双方の連携による団体が誕生したという流れだ。
PwCコンサルティングの谷井宏尚氏は、設立を提案した背景について次のように振り返る。
「AI利活用に関するガイドラインはこれまでに総務省や経済産業省がそれぞれ定めたものと、今年4月にはそれらを統合・アップデートした『AI事業者ガイドライン』が発表されていますが、文字通り事業者向けのもので自治体向けのものは存在しないという状況があります」
その状況に対して同社は、生成AIが世の中に認知されはじめた2023年に日本マイクロソフトの協力のもと「自治体における生成AI導入に向けたガイドブック」を作成し、無償配布している。「配布後は全国の自治体から多数の問い合わせがあり、本格的にガイドラインをつくるべきという課題をもちました。そこでワクスタ研の研究主幹である箕浦さんにAGLの企画を提案したことから具体的に動きはじめました」と谷井氏は話す。
共通課題を抱える自治体
集まって知恵を出し合う
提案を受けた箕浦龍一氏は、総務省大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官などを歴任した経験をもち、谷井氏とは別の視点からAIガイドラインの必要性を実感していた。
「総務省で約30年間、行政の運営改善に取り組んできたなかで時代に合わなくなっているものが多くあり、優秀な若手が定着せず、将来の行政の担い手がいなくなるという危機感をもっていました。それは省庁だけではなく自治体や企業にも共通する問題なので、共に学びあうプラットフォームをつくろうと研究会を設立・活動をしてきた経緯があります。そのなかで、去年から存在感を増してきたAIに対しても対策が必要だと実感していました」
自治体では昨年頃からAIの導入・活用がはじまっていたが、変化のスピードが激しいなかでは組織としてのガバナンスのコントロールを徹底しないことはさまざまなリスクに直結する。
「民間企業はそれぞれが研究や策定を進めていますが、自治体は団体の規模の大小もあり、デジタル人材が不足しているなど難しいところがあります。一方で、自治体の業務内容や抱える課題は多くのところで共通するため、集まって知恵を出し合って1つの方向性を決めたほうが効率的です。そのためAIに対して先進的な知見があり、官民に幅広くネットワークがあるPwCコンサルティングの助言を受けながら議論・検討を行うことに賛同しました」
シチズンファーストであり
職員が使いやすいガイドラインに
AGLは年内に作成中のガイドラインに対する自治体の声やパブリックコメントを集めて改善を行い、2025年3月末までにガイドラインの完成・発表を目指す。同時に、他の自治体の利用例をまとめたユースケース集も制作予定だ。
「ガイドラインのコンセプトは『シチズンファースト(市民第一)』です。自治体のエンドユーザーは市民なので、市民向けのガイドラインになっているかを重視します。総務省のAIガイドラインを策定した筑波大学の岡田幸彦教授をはじめとするメンバーから意見をもらいながら、市民にとってどうしたらベストかを突き詰めていきます」(谷井氏)
シチズンファーストとあわせて、箕浦氏は「職員にとって使いやすいガイドライン」もテーマに掲げる。2001年にIT基本法ができて以来、行政や自治体ではデジタル化が進んできたにもかかわらず、職員の負担は減っていないと考えているからだ。
「従来の業務の根本を変えずにパッチワーク的に変更しているから余計に複雑になり、職員が恩恵を受けられていません。利用する職員が使いやすくて、市民のためになると感じられるガイドラインにすることで広がっていくものになると思います」(箕浦氏)
それを実現するためにはシンプルにデザインすることが重要と箕浦氏。「課題から設計していくと複雑になります。たとえばデジタルを使えない人もいるという課題からアナログとデジタルの2本を走らせると複雑になっていく。そうではなく利用者が直観的に操作しやすいガイドラインをまずはデザインして、それぞれの課題にどう対応できるかを考えていくことがポイントになります」
自治体から多数の期待の声
現在、全国の自治体からはAGLに対して期待の声が寄せられているという。その要因の1つは、社会課題として挙げられる「2040年問題」により自治体職員も減少することが確実視されていることがある。
「人手不足に対して危機感をもっている自治体は多く、AIを活用したいというよりも業務を効率化したいという思いを強く感じます。AIについてはそれぞれがガイドラインをつくっているところもあり、AGLの成果物と照らし合わせてブラッシュアップしたいという声もあります」(谷井氏)
ガイドラインの策定とともに今後重要になってくるのが、AGLの活動の伝播と、多くの自治体に浸透することだ。それに対して箕浦氏はPwCコンサルティングの役割に大きな期待を寄せている。
「PwCコンサルティングは政府内で自治体を含めデジタル改革をどのように進めていくかなどを設計している企業です。デジタル庁の業務経験が豊富で、知見もたくさんある。そのような企業が事務局としてサポートすることで、自治体や企業を多数巻き込みながら活動ができて、この動きが広がっていくと実感しています」(箕浦氏)
発表予定の2025年3月末までは残り約8カ月。シチズンファーストであり、職員が使いやすいガイドラインをつくりあげていく。