日本サニパックが描く“循環の産業構想”──環境と地域社会をつなぐ、生活インフラ企業の進化

創業から55年、日本サニパック株式会社は“ごみ袋メーカー”として知られてきた。しかし代表取締役社長の井上充治氏は、この事業を単なる日用品の製造業ではなく、「清潔で快適な生活を支える社会インフラ」であると再定義するところから変革を始めた。環境、産業、地域をつなぐ新たな循環モデルの構想が、どのように企業の未来を形づくっていくのか。井上氏が語る、その思想と実践を追う。
環境への視点が企業の存在意義を変えた
井上氏は就任当初、社内に漂っていた“自信のなさ”に危機感を抱いたという。プラスチック製品を扱う企業として、世の中の逆風に晒されていた時期でもあった。だが彼が改めて見つめ直したのは、日本の生活環境の歴史である。高度経済成長期、道路や川はごみで溢れ、衛生環境は混乱していた。そこにポリ袋が普及し、ごみ収集の仕組みが整備されることで、人々の生活は大きく改善された。日本サニパックはその変化を支えた企業のひとつであり、「生活環境の基盤をつくる存在である」という視点が、同社の存在意義の源流にある。
その視点をもとに、同社は2020年にミッション・ビジョン・バリューを刷新した。「きれいな地球と、きれいな心を。」という理念は、事業そのものが社会の衛生環境や安心感を生み出す“公共財的な価値”を持つという考え方を強く反映している。生活者にとって日常の裏側にある仕組みを守り、さらに良くしていくことこそが、同社が未来へ向けて掲げる軸となった。
環境配慮ブランド「nocoo」と“価値の民主化”
その存在意義を具体化した象徴が、2021年に誕生した環境配慮ブランド「nocoo(ノクー)」である。名前の由来は“NO CO₂”にあり、脱炭素という社会テーマを生活者に近いレベルで理解できるようにデザインされた。CO₂排出量を従来品より削減できる素材構成で、ドラッグストアや食品スーパーなど全国47都道府県での採用が進み、200社以上の小売企業で展開されている。
一般的に環境配慮型の商品は価格が上がりやすいが、nocoo は従来品と同等の価格帯を維持したまま環境効果を備えた。井上氏は「環境価値は一部の人だけのものではなく、誰もが選べる日用品であるべき」と語る。生活必需品だからこそ、環境価値を“民主化”することを目指した取り組みだった。それが市場から支持され、売場での存在感は年々広がっている。
さらにnocooでは、子どもたちが描いたデザインを採用するプロジェクトを展開してきた。渋谷区立臨川小学校での環境授業の延長として、子どもたちが描いたデザインがnocooに印刷され、店頭に並んだ。こうした経験は家庭にも地域にも新しい循環を生み、環境配慮がより身近な価値として共有される仕組みになっている。
地域と教育を巻き込む“循環のつくり方”
日本サニパックの特徴のひとつは、環境と教育を結びつけた取り組みを継続してきた点にある。渋谷区立臨川小学校の授業では、ごみ袋が社会にどのように役立ち、プラスチックの素材がどう循環していくのかを子どもたちと一緒に考える出前授業を行った。テレビでも取り上げられたこの取り組みは、地域の教育現場と企業が協働する好事例となり、他校からの依頼も次々と届くようになったという。
品川区立立会小学校や渋谷区立笹塚中学校でも、環境や防災・経済についての出前授業を行った。子どもたちが企業を“遠い存在”ではなく、社会課題を共に考えるパートナーとして捉える体験が生まれており、企業活動が地域の学びに根付く循環が形成されつつある。井上氏は「環境の課題は、次の世代と共有しなければ意味がない」と語り、こうした取り組みを重要な経営活動のひとつとして位置づけている。
インドネシア工場が示す、産業構造変革の基盤
同社の変革には、海外生産拠点の存在も不可欠だ。1991年に開設されたインドネシア・バタム島の工場は、現在700名弱の従業員が働く同社最大の拠点であり、年間約3万トンの生産能力を持つ。バタム島全体が保税地域であるため、輸出入の制約が少なく、アジア圏を中心に高い競争力を発揮してきた。
しかし近年は人件費上昇や機械の老朽化が進み、従来の生産体制では持続性に限界が見え始めていた。そこで日本サニパックは、生産方式そのものを見直し、トヨタ生産方式を取り入れた改善プロジェクトを本格化させた。現場の工程が可視化され、ムダや工程の偏りが減り、作業の流れが滑らかになった。導入の成果は明確だ。生産スペースの整理整頓、動線の改善、品質管理の高度化が進み、工場全体の生産性が向上した。
また、インドネシア文化を尊重しながら労働組合と良好な関係を築いてきたことも同社の強みだ。家族ぐるみのイベントが自然に行われる職場環境は、単に待遇面の良さだけではなく、企業と地域社会の間に信頼を育む風土をつくり出している。ここにも「産業と地域」の循環が見える。
デジタルでつなぐ“環境と産業”の新たな関係性
環境価値を社会全体で共有するためには、生活者とのコミュニケーションの質も変わらなければならない。そこで同社が本格的に取り組んだのがデジタルマーケティングだ。Webサイトの年間訪問者は、2024年4月〜2025年3月の期間で125万人に達し、SNSも2025年3月末時点で22万人以上のフォロワーを抱えるまでに成長している。
生活者の声をデータとして蓄積し、商品企画や改善につなげる仕組みが整ったことで、これまで見えなかった市場ニーズが可視化されてきた。店頭サイネージと購買データを掛け合わせた施策は、小売企業との協働をより密にし、売場づくりにも新しい価値をもたらしている。工場、生産、環境技術、デジタル、そして地域の生活者まで、複数の主体がデータを介してつながる構造が形成されつつあり、これが同社の競争力を支える土台になっている。
新ブランド「moichido」が示す循環モデルの次の形
2025年11月に発売された新ブランド「moichido(モイチド)」は、循環型社会に向けた同社の構想をさらに一歩進めた取り組みだ。国内外で回収されたプラスチック等を再生材料として活用し、バージン原料を大幅に削減した商品設計が特徴である。環境省のグリーン購入法にも適合し、エコマークも取得した。
井上氏は、このブランドを「nocooと並ぶもう一本の柱」と表現する。nocoo が“環境配慮を選べる日用品”を広げたのに対し、moichido は“循環の仕組みそのもの”を生活者と企業の間につくる試みだ。環境配慮は消費者の意識だけでは成立せず、産業構造と地域の回収体制が一体になって初めて機能する。その視点を明確に示したブランドといえる。
“環境×産業×地域”をつなぎ、未来の社会基盤を描く
井上氏の語る未来構想は、一つの企業の成長戦略にとどまらない。環境配慮型の商品を提供し、地域で教育を行い、循環を前提とした生産体制をつくり、デジタルで生活者とつながる。この一連の取り組みは「環境」と「産業」と「地域」を一本の線でつなごうとする構想そのものである。
環境問題を“個人の努力”や“企業のCSR”に閉じ込めず、生活基盤の一部として再設計する。その視点が社会に共有されていけば、循環型社会は特別な概念ではなく、日常の仕組みとして定着していく。井上氏は「自分たちがつくりたい未来を、地域や次の世代と一緒に描いていくことが一番大切だ」と語る。
ごみ袋という、一見すると最もシンプルな日用品。その裏側にある環境の循環、産業の持続性、地域との連携を重ね合わせることで、生活の質を支える“社会インフラ企業”としての日本サニパックの姿が鮮明になってきた。循環型社会の実現に向けて、同社が描く構想はこれからさらに広がりを見せるだろう。