「人権」に潜む経営リスクとチャンス 『ビジネスと人権入門』
「人権」は企業のビジネスにおいて重要なキーワードになっている。アパレルメーカーや食品メーカーはサプライチェーンである発展途上国等における強制労働や児童労働を厳しくチェックされるようになった。ロシアによるウクライナ侵攻の後、大手欧米企業が相次いでロシア事業からの撤退を表明したことも記憶に新しい。日本でも、外国人技能実習制度が労働力搾取の側面があると批判を受け、政府が制度改正の検討を始めている。
日本企業にとって人権対応は喫緊の課題だが、企業の人権への取り組み度世界ランキング「企業人権ベンチマーク(CHPB)」によれば、日本企業の評価は総じて低く、世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」でも156カ国中120位にとどまる。セクハラ・パワハラだけでなく、児童労働や強制労働、人種差別、労働安全衛生、性別・性指向などへの差別など、「人権リスク」は様々に存在する。
企業は人権リスクにどう備え、対処すべきか。経営コンサルティング会社、オウンズコンサルティンググループを率いる羽生田慶介氏が、企業が取り組むべき「人権」に関してビジネスの視点から解説した本書は、様々なヒントと学びを与えてくれるはずだ。
一章では、ビジネスと人権の重要性を様々なデータを駆使しながら解説し、二章ではビジネスと人権に関する日本企業の失敗事例を挙げながら、人権対応の失敗が事業リスクに直結することを指摘している。
三章では、2011年に国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」を中心に、各国や産業界で進む人権ルール整備、日本版人権デュー・ディリジェンス関連法の制定動向などを詳細に解説。そして四章では実践編として、企業がどのように人権対応を行うべきかを、人権方針の策定や人権リスク評価、防止・軽減対策の実施、モニタリング、苦情処理体制整備などの項目ごとに整理している。
「人権ビジネス」の可能性
また、事業構想家にとって大いに参考になるのは、五章で取り上げる「人権ビジネス」の可能性だろう。
筆者は「環境」が企業においてコストではなく成長機会と捉えられるようになったように、人権もリスクではなくチャンスと捉えるべきだと強調し、10~20年後には「人権経営」や「人権ビジネス」といった概念に違和感を持つ人はほとんどいなくなるだろうと予言する。そして、人権の保護や尊重に主眼を置いて開発された製品やサービスの可能性について、ジェンダーフリーアパレルブランドやユニバーサルデザインスプーンを例に解説している。また、人権ビジネスの具現化では、NPO・NGOとの連携が欠かせないと強調する。
大企業から中小企業まで、経営者から新規事業担当者まで、幅広い読者の視野を広げてくれる一冊だ。
すべての企業人のための
ビジネスと人権入門
- 羽生田 慶介 著
- 本体2,000円+税
- 日経BP
- 2022年8月
今月の注目の3冊
Kawaii経営戦略
幸福学×心理学×脳科学で市場を創造する
- 髙木 健一、小巻 亜矢 著
- 日経BP
- 本体2,000円+税
世界的に認知され、支持を集める「Kawaii」という概念。本書は、サンリオエンターテイメント社長の小巻亜矢氏と、PwCコンサルティングの髙木健一氏が、企業の「Kawaii」を活用した経営戦略を解説した異色のビジネス書だ。
両者は2021年にKawaii研究所を設立し、脳科学や幸福学の観点でKawaiiのメカニズムを分析し、ビジネスへの応用を研究してきた。人はどのような対象をKawaiiと感じ、その感情がどのような経済活動につながるのかについて、マーケティングと人・組織の戦略を解説している。
具体的には、マーケティングではKawaiiを取り入れた商品開発やブランド戦略、顧客戦略、ゲーミフィケーションの要素にKawaiiを活用したCX戦略などを紹介。組織戦略ではインターナルブランディングの観点からKawaiiのインパクトを解説している。
AIと人類
- ヘンリー・キッシンジャー、エリック・シュミット、ダニエル・ハッテンロッカー 著
- 日経BP
- 本体2,200円+税
AIはビジネスの効率化・高度化を図るためのツールとして、あるいは人間の仕事を奪う脅威として語られることが多いが、産業だけでなく文化芸術や政治、教育、医療、防衛などあらゆる活動に破壊的な変化をもたらす存在だ。本書は元米国国務長官、元グーグルCEO、MITコンピューティング学部長の3者が、人類史という大きなスケールから、AIのもたらす社会的変化と、人類の未来について語っている。
AIが可能にする戦争とは何か、AIは人間の寿命を延ばすか、宇宙や量子物理学などの領域でAIはどんなイノベーションを起こすか、教育でAIが使われるようになったとき子どもたちの人間関係はどう変わるか、AI時代の人間のアイデンティティとは何か、など興味深いテーマがわかりやすく語られている。人類とAIの未来を考えるためにも、ぜひ手にとってもらいたい。
PUBLIC DIGITAL
巨大な官僚制組織をシンプルで機敏な
デジタル組織に変えるには
- アンドリュー・グリーンウェイ、ベン・テレット他 著
- 英治出版
- 本体2,400円+税
デジタル庁の発足から1年。行政のデジタル化は中央省庁のみならずあらゆる地方公共団体にとっての課題だ。
旧来型・大組織の行政のデジタル化はどうすればうまくいくのか。本書は、イギリス政府のDXを担った特命チームGDS(政府デジタルサービス)の中心人物らが、実践に基づき「デジタル組織のつくり方」を語っている。
イギリス政府はかつて大型ITプロジェクトにことごとく失敗していたが、2011年に設立されたGDSのもと、公共サービスのポータルサイト「GOV.UK」の立ち上げなどの行政DXを進め、その結果、イギリスは国連の電子政府ランキングで1位を獲得した。
官僚的な組織をデジタルによって変革するための組織や人材の在り方、マインドセットの持ち方、プロセスなどについて詳細に解説されている。行政職員に多くの学びを与える一冊だ。